"読書メモ('11) - 年間100冊目標!"

2011年12月29日 (木)

[読書メモ]山梨広一『プロヴォカティブ・シンキング』

プロヴォカティブ・シンキング ―面白がる思考(山梨広一)

現役コンサルタントの発想法の著書で、問題解決の手法としての発想法を提示している1冊です。
タイトルにある「プロヴォカティブ」(provocative) とはあまり聞き慣れないことばですが、挑発的な、刺激的な、などの意味を持った英単語です。本書にもあるように、あまりよいイメージの言葉ではないがあえて使っている部分があります。副題の「面白がる」も、これ単独では誤解されてしまいそうですが、おもしろいことだけを恣意的に取り上げて発想することをよしとするわけではなく、あくまでも論理的に、かつ前向きにという考え方です。
「とがった発想で、常識ではなく理論で攻める」というのがプロヴォカティブ・シンキングの骨子にあたるのではないかといえます。

発想の方法を擬人化して、本書の目標であるプロヴォカティブ・シンキングを【面白がる君】、そのほかの典型的なパターンを【思いつき君】【堅実君】【ヒトマネ君】と分類しています。
自分がこれまで作って来たアイデアは、【思いつき君】のそれに近いかもしれません。アイデアの数は出せるのですが、その土台にある思想がなく、ただ新しいことをやりたいというだけで一貫性のないアイデアを思いつくままに展開していたといえます。
(もちろん、コピーライターの発想法やブレインストーミングの場などでは、とにかく思いつく限りのことを言葉にしていくというプロセスが必要で重要だということはあり、【思いつき君】の方法が一概に否定されるべきものではないと思いますが。)

どんな問題も「実現できる」と考え、常識の枠を取り払い、具体的な高い理想を掲げて、その理想の実現のために論理で詰めていく。そしてこの過程を【面白がる】。
もちろん簡単ではありません。本書にはその苦労はとりたてて書かれていませんが、前例や常識にとらわれた自分の発想をリセットする作業や、課題の実現に向けて論理的に考え抜く作業が要求されるため、【思いつき君】の発想レベルではとうていたどり着かないでしょう。方法だけではなく、心構えの部分から切り替えていく必要がありそうです。
とはいえ、与えられた課題をできないと考えるのではなく、「実現可能だ、そのためにはどうすればいいか」という立場から考えるように変えていくのは、プロヴォカティブ・シンキングの第一歩として大事なことですし、比較的実行しやすいのではないかと思いました。

今の勤め先はITベンチャー企業なのですが、今期(来年6月までの1年間)の売り上げ目標が前期の3~4割増しの数字に設定されました。今期の目標は自分としては無理かなと正直感じていたのですが、社長は「できる」と考えているようですし、専務はさらに2割増しの売り上げを目標にすると明言しています。
そして実際、その数字の達成に向けて全社が動いており、できると思うかどうかで、行動も成果も変わってくるのだと実感させられています。自分も考え方を変えて、何でもできると思って(言葉の上だけではなく、自分の本質的な部分でできると感じるようにする)積極的に取り組むことで、成果を上げていきたいと考えています。

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2011年12月26日 (月)

[読書メモ]畑村洋太郎『未曾有と想定外』

未曾有と想定外─東日本大震災に学ぶ(畑村洋太郎)

日本における失敗学、危険学の創設者である、畑村洋太郎さんの新著です。
今年3月11日に発生した東日本大震災において、大きな被害を出した、津波と原発事故について、失敗学や危険学の立場から見解を述べています。
本文にもありましたが、畑村氏は政府の原発事故調査委員会の委員長に任命され、委員長の立場では私的な見解を出すことは難しいため、就任前に本書を刊行した。そのため情報が必ずしも十分でない時点での見解も含まれているとのことです。

前半は津波について。「天災は忘れた頃にやってくる」ということわざがありますが、まさにその通りという事例もいくつか紹介されていました。三陸では今回と同規模かそれ以上の津波は何度か起こっており、低地に家を建てないような言い伝えも残されているのですが、その言い伝えを守ってきたところ、逆に津波の被害よりも利便性を優先させたところと、両方の事例があったようです。
また、科学技術の発展で、巨大な防潮堤など、人間が自然に真っ向から対立する形、自然災害を完全に食い止める形に向かっていったことで、いざ破られたときに被害が甚大になってしまった部分も指摘していました。かつて技術が未熟だった頃には、自然災害の被害が出るのはやむを得ないとして、被害を最小化するためにいなす、すかす方向だったのを、原題にも取り入れてはどうかという見解です。これはごく当然の考え方ではあるのですが、この地域には被害が出ます、といわれた住民にとっては納得できるものではないでしょうし、個別の視点で考えるとなかなか解決が難しいのではないかと感じます。

そして、原子力発電について。事故の前から、「絶対安全」か「即時廃止」かと、主張が両極端に振れやすい問題であり、お互いまともな議論ができないまま震災の日を迎えてしまったようにも思います。いわゆる原子力村の人々が、事故は起こりうるものとして、事故後の対策を検討できていたとすれば、反対派も事故が起こった場合の影響について、客観的なデータをもとに検証していたとすれば、そしてお互いが事故対策について議論のテーブルに着いていたとすれば、ここまでの被害にはならなかったのかもしれません。
「原子力村」として、組織論にも触れていましたが、組織が大きくなるのは、それに比例して大きな事業を実現させることができるという意味で非常に有用なのですが、組織の利益や空気を意識しすぎて、内側からの改革が機能しなくなるという側面もあります。自分はITベンチャー企業にいるので、比較的変化に柔軟な組織に属しているといえるのですが、それでもやはり社会や顧客のための行動と、会社の利益のための行動を天秤にかけることが起きてしまいます。組織が組織であるが故の、根本的な欠点ではあると思うのですが、どうにか改善できる方向に持って行ってほしいものです。

近い将来、東海・東南海・南海地震と呼ばれる、人口の集中する地域を襲う大地震が発生することが予測されています。最悪の場合、日本の中枢が機能しなくなる危険性があるわけで、その事態を避けるのか、避けられないとしても被害を最小限にとどめるために何ができるのか、そして自分自身は個人としてどうあるべきなのか、意識して行動したいと感じました。

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2011年12月16日 (金)

[読書メモ]ジェフ・ジャービス『パブリック』

パブリック―開かれたネットの価値を最大化せよ(ジェフ・ジャービス)

先月(2011年11月)にソニータブレットを購入し、電子書籍を本格的に使い始めるようになりました。昨年、iPadアプリとして購入した『夏野流 脱ガラパゴスの思考法』を除けば、初めて電子書籍で購入した本の1冊となります。
当面は電子書籍で読書していくことになるかと思いますが、だからといって紙の書籍がダメになるわけではなく、適材適所で共存していくのでしょう。紙の書籍が大きく発展したのは、グーテンベルクの印刷機の発明を抜きにして語ることはできませんが、本書では別の視点から、グーテンベルクを取り上げています。

つまり、15世紀にグーテンベルクが印刷技術を発明したことで、情報の流れが大きく変わり、一度に多数の人々に情報を伝達することができるようになりました。その結果、ルネサンスと宗教改革という、中世ヨーロッパを大きく転換させる出来事につながったとしています。
そしてこの20年ほどのネットやウェブの進化は、情報インフラのあり方を変えたという点では、グーテンベルクに匹敵する変化だとしています。それまでの情報の送り手と受け手が固定化されていた状態から、情報の流れが双方向になり、誰もが多数に向けて情報を公開できるようになった。そこで何を公開して何を公開すべきでないのかが、改めて問われる時代となったというのが、本書の趣旨といえるでしょう。

あらゆる情報が公開され、共有されることで価値を生むというのは、なるほど一理あります。自分が今どこにいるのか、何を食べたか、何を買ったかなどを逐一公開することで、意外なところでのつながりや、価値のある情報が得られることもあるわけです。自分はそこまで公開することはありませんが、このレビュー自体「いつどんな本を読んだのか」の公開に他ならないわけで、やはりある一面ではパブリックであるといえます。
その反面、プライバシーの問題があり、自分のことをどこまでさらけ出すのか、どこまで知られてもよいのかは議論が続いています。ただ、これは多分に感覚的なもので、人によって知られたくない情報の範囲は異なるわけです。結局、公開するかどうかは個人の判断にならざるを得ないでしょうし、自分に都合の悪い情報だからといって隠せるわけでもない、というところに落ち着いてしまうでしょうか。

余談気味になりますが、ツイッターやブログなどの炎上事例が後を絶ちません。時代がパブリックを求めているわけですから、どんな情報も公開される可能性を持っています。そう考えれば、公開されて困る情報はそもそも存在させない、つまり「匿名だから」「自分のことなど誰も見ていないだろうから」という考えで安易なツイートやコメントをすることは避けるべきだということになります。
もっというと、他者に対し怒りやあざけりの感情を持たない、自分に起こったことを率直かつ客観的に受け入れるという態度が、パブリックの世の中でうまく暮らしていく秘訣になってくるわけですが、こうなると別の自己啓発ですね。

閑話休題。企業や社会、政府に対しても、パブリックなあり方というものが提案されています。組織の中で情報を閉ざすのではなく、完成していない製品やサービスの情報も積極的に公開して顧客や市民のフィードバックを得て、改善を重ねていくプロセスが望まれるということでした。
このプロセスは、ネットサービスでは多く行われていますが、近年では形のある製品や商材についても行われてきており、米国の自動車ベンチャーの事例が紹介されていました。日本でも、食品などの新商品開発でこういったプロセスを部分的に取り入れている事例はありますが、もっと多くの産業で取り入れられてもよいのではないかと感じました。

自分の凝り固まった頭では、著者のいうパブリックな社会というのが想像できないでいます。ですが時代は確実に情報を公開し、共有する方向に進んでおり、作者が言いたかったのはこういうことだったのかと、自分にも理解できる日が来るだろうと期待しています。

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2011年12月11日 (日)

[読書メモ]ちきりん『自分のアタマで考えよう』

自分のアタマで考えよう(ちきりん)

人気ブロガー、ちきりんさんの新著です。
タイトルにある「自分のアタマで考える」は、当たり前のようでいてなかなか実践できていないことです。新聞などマスメディアの情報を鵜呑みにしたり、自分の意見に合う情報だけを選択的に信用したり、自分で考えているつもりでいても実はそうではないというパターンは少なくありません。
ただ、自分のアタマで考えるとはどういうことなのか、人によって解釈が違うと思います。作者がどのように考えているのか、著書の中でどのように主張しているのかも気になりましたので、その視点でも読んでみました。

著者のいう「考える」ことの中で、自分にできていないこと、そして自分にとって最も耳の痛い指摘であったのは、考えるとは「結論を出す」こと。その結論が正しいかどうかはさておき、結論を出せていないのなら考えていないのだという主張は納得できるものでした。
自分も結論を出せるところまで考えが至っていないことも多く、まだまだ成長の余地があるようです。
常識や世間の空気、マスメディアの主張といった、正しいとされていることに対して正面から挑戦し、やっぱり違うんじゃないの、と自分の主張を持つことも大事です。自分は毎朝通勤の途中で日経新聞を読み、気になった記事へのコメントをツイートしています。新聞も人間が作っているものであり、決して絶対的な正ではない(もちろん、全てが誤っているわけでもない)ので、記事や主張に対してツッコミを入れるつもりで読んでいることと、つながってきているのかなと思います。

前半は考え方のツールとして、MECE(漏れなく、重なりなく)やWhy-so/So-what(なぜそうなるのか、そうなればどうなるのか)などの方法論を提示し、考えるにあたって必要なことを示しています。このあたりのことは企画のやり方の書籍などでは必ずといっていいほどよく紹介されていますが、もっとわかりやすくかみ砕いて説明されているように思いました。
後半は少子化や自殺者数増加といった現在の日本における社会問題を取り上げ、メディアや有識者の意見ではない、自分の考えでどのような結論を出すかのワークとなっています。ちきりんさん自身の見解も出ていますが、それに乗っかったり批判したりするだけでは、冒頭に書いたとおり考えているとはいえず、やはり自分なりの答えが必要な部分でしょう。

「考える」というのは、実は非常に難しい行為ではないかと感じます。というのも、世間が自分なりの結論を出すことをよしとしない風潮にあり、空気を読むべきだとか、間違いは認めない(責任を取らせる)だとか、考えること自体がリスクとなっていますし、リスクと責任を避けるために考えないほうがよい、ということになってしまっています。
誤りを非難するよりも、必要な情報を集めて自分なりの結論を出したことと、そのプロセスに対して高い評価がなされる社会になってほしいですね。

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2011年12月 9日 (金)

[読書メモ]海老根智仁『会社を替えても、あなたは変わらない』

会社を替えても、あなたは変わらない(海老根智仁)

2か月ほど前に、勤め先の朝礼で社長が紹介してくださった本です。先月から出向勤務となり、本社で開かれる朝礼には参加できないのですが、毎朝有意義な情報が見つけられる時間でした。
朝礼では当番も持ち回りでスピーチを行い、そのときにも書籍が紹介されることがあります。私もスピーチのネタとして、本を紹介することも何度かやりました。

この書籍のタイトル、2つの意味に取れるかと思います。ひとつは「人の本質は勤め先などの肩書きには左右されない」、もう一つは「変化を求めるなら環境を変えるだけでは不十分だ」という主張です。この書籍は後者の主張で記述されています。
この主張は自分にとっても耳の痛い話です。自分も2度転職しており、「自分を成長させてくれるところで仕事をしたい」と感じていた時期もありました。ですが肝心の自分がふらふらしていては、あるいは受け身で成長を待っていては、どこに勤めたとしても結果はそう変わらないと感じるようになってきました。

自分の成長を確かなものとするために、何をすればよいか。
その疑問に答える前に、まず会社の事業計画の立て方を説明しています。

SWOT分析やポジショニングマップ、マーケティングの4Pなど、経営学ではおなじみの図や概念と、実例に基づいた適用を行っていきます。その中で例示された会社の幹となる経営理念を明確にし、幹をより太く、強くするためにどのような事業計画をたてるべきか、という話の進め方になります。
この方向で話を進めれば、この本は経営学の入門書となりますが、この本の本質は経営学の概説ではありません。

ここで先の疑問の答えになりますが、会社の成長と同じ方法で、個人を成長させることができる、というのがこの本の主張です。つまり、先に挙げた事業計画の立て方を個人に適用させることで、個人の成長戦略を練ることができるわけです。
この考え方は自分にはなかったので、目から鱗の思いでした。

まだまとまっていませんが、自分の強み弱みを書き出して、エンジニアとしてどのような立ち位置に自分を置くのか、そして自分をどのように売り込み、成長させていくのかを考えていくことができそうです。
強みのところだけ出してみると、スピード感、基礎知識、責任感。(あと、いじられキャラというのがありますが、これは強みでしょうか?)弱みのほうは、仕事の粗さ、記憶しないこと、技術スキル不足、モチベーションた上がらないことなど。これに環境要因を組み合わせてSWOT分析を行えば、自分ドメイン、自分オペレーションと本書に書かれている、成長戦略が具体性を持って現れてくるものと思います。

これを作るのは来年の早いうちに。そして来年の成長目標を作っていきたいと思います。

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2011年12月 2日 (金)

[読書メモ]勝間和代『まじめの罠』

まじめの罠(勝間和代)

勝間和代さんの最新刊です。電車のデジタルサイネージ(車内動画モニター)広告にも出ていて気になったので、購入してみました。
勝間さんの本を読んだのは、『7つのフレームワーク力』以来ですから、かなり久しぶりになります。2年前には時代を代表する作家と呼ばれ、翌年には強いバッシングを受けた勝間さんですが、そういった出来事が作風にも影響が出ているように感じました。もう少し切れ味の鋭い文章を書かれる方だと思っていましたが、読者の目を意識しすぎて、筆が鈍っているように思います。以前のフレームワーク思考を捨てたわけではないのでしょうが、当時のように明快で前向きな文章を期待しています。

本書ですが、前半は現代日本の問題点を分析し、「まじめ」であることが根本の原因だとしています。ただ、この「まじめ」という言葉が、ポジティブな言葉をあえてネガティブに使っているわけで、やはり違和感があります。ちょっと説明的になってしまいますが、「リスク回避」「責任回避」などの表現のほうが、著者の意図は伝わりやすかったのではないかと感じました。

残念なことではありますが、現在の日本ではリスクを極端に忌避し、責任から逃れようとする傾向が強くあります。それは政治家や経営者といった国を動かせる立場の人たちだけではなく、私たち一人一人にこそ、リスク回避の意識が高いのではないかと思います。その結果、自分が責任を取れる範囲だけで生活し、責任を取れない部分は他者を批判して責任を押しつける構図が、日本の至る所で見られるようになったわけです。
また、「何も、誰も信頼できない」という意識も高まっているように思います。そして、自分自身も信頼できない対象に含まれてしまっているため、不信感が自らを成長させていく方向ではなく、新たに信頼できる何かを求めて迷走する方向に進んでいます。勝手に期待して持ち上げ、期待が損なわれるとハシゴを外すことが、これからも繰り返されるのでしょう。

この本の読み方としては、「勝間が書いた」という批判的な意識を捨てて、中立の気持ちで第4章(「まじめの罠」に対する処方箋)の内容を、自分の思考や行動と比較してみるのが一つの方法だろうと思います。本書で言う「まじめ」、私がここで書いている「責任回避」は、自分で考えず他人に判断を委ねることがその特徴となりますから、自分の価値基準を持っているのか、それは本当に自分の価値基準なのか、といったところに考えが巡るかと思います。
もちろん、私自身も自分の軸がきちんとしているわけではなく、時としてぶれたり、流されたりすることはあるわけですが、自分の基準で物事を判断して行動し、その結果を受け入れるという態度でありたいと常に考えています。
そういう考え方が、本来「まじめ」といわれたものではなかったでしょうか。本書で言う「まじめ」という表現に、個人的に違和感を持つのは、そのためなのかもしれません。

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2011年11月28日 (月)

[読書メモ]潮凪洋介『もう「いい人」になるのはやめなさい!』

もう「いい人」になるのはやめなさい!(潮凪洋介)

本書のような自己啓発系、生き方関係の書籍は何冊も出ていますが、自分に合うものと合わないもの、言い方を変えれば書かれている内容を実践したいと思えるものとそう思えないものがあります。
どの本が合い、どの本が合わないかは人それぞれによって異なるでしょうし、たとえベストセラーになっているからといって、その本が自分に合うかどうかは、実際に読んでみないとわからないものです。

この本は、非常に実践的で示唆に富む内容が書かれているのですが、自分には少し合わないかなと感じたほうです。「いい男」として描かれている理想の人物像は、自分がなりたい人物像とは、少し違うように感じます。
ただ、その違和感は表面的な言動の部分でのずれだと思いますし、というのも内面の部分で本書を貫くキーワードとなっている、「自分自身の軸、ぶれない芯を持つ」という考え方は、大いに賛同するものです。

そこまでの軸が備わっていない人、自分もその中に入るのでわかるのですが、そういう人は自分に対する自信を持てていません。だから周囲に流されたり、空気を読んだりするわけです。
自信を持ち、自分を曲げず、かといって独りよがりにならない生き方が自分にとっても理想なのですが、なかなかその域に達することができません。それ以前に、どうすれば自分に自信を持てるようになるのか、そこから迷っています。
そういった、自分に対する自信を持てるようになる方法の部分を、もっと掘り下げてほしかったと思いました。前書きでは、「いい人」であろうとするから、自分に自信が持てない、といったことが書かれていましたが、自分の経験では因果関係が逆だといえます。つまり自分に自信がないから「いい人」にならざるをえない、だから「いい人」をやめるには自分に自信をつけることが大事だということです。
結局は地道な努力を重ねていくことしかなく、特効薬的な方法はないのかもしれません。経験による裏付け、その中で得た成功体験は、間違いなく自信につながっていきます。自分はそれだけの努力を避けてきたところはないとはいえないし、世の中的にも効率や成果を重視するようになってきたし、いろいろな方法に手を出してみたものの、成功体験には至っていないというのが現状です。その現状を打破したいわけですが、愚直に行くしかないのかな。

言葉尻を捕まえるようで申し訳ないのですが、本書の理想の人物像、「いい男」なんですよね。はなから女性は読者層として想定していないと割り切っているのか、女性を敵に回すことを恐れていないのか。
自分の中にぶれない芯を持つことは、男女関係なく重要なことですから、そういう展開でも一冊書けたのではないかなと思いました。

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2011年11月27日 (日)

[読書メモ]植西聰『「折れない心」をつくるたった1つの習慣』

「折れない心」をつくるたった1つの習慣(植西聰)

本書のような自己啓発系、生き方関係の書籍は何冊も出ていますが、自分に合うものと合わないもの、言い方を変えれば書かれている内容を実践したいと思えるものとそう思えないものがあります。
どの本が合い、どの本が合わないかは人それぞれによって異なるでしょうし、たとえベストセラーになっているからといって、その本が自分に合うかどうかは、実際に読んでみないとわからないものです。

とはいえ、この本は自分にフィットしているように思いました。フィットしているというか、自分がすでに実践していることも多く含まれているように感じます。現実には、自分の心の弱さを感じることも少なくないのですが、自分の場合は時間をかけてでもそれなりに立ち直れているわけですし、復元力のあるしなやかな心を持つことができているのかもしれません。
自分が意識して身につけた考え方で、この本にも書かれていることとしては、「否定しない」ということです。仕事やプライベートの上で、大きな失敗もするし、叱られたり落ち込んだりすることもあるのですが、そこで周囲の人の考え方を否定したり、現実から逃げたり、自己嫌悪に陥りっぱなしではいけないのだろうと思うのです。もっとも、様々な場面での自分の言動がこの考え方を伝えているわけではなく、むしろ逆に「岸本は否定から入ってくる」と指摘されたりするくらいなのですが、そこは言葉の使い方に気をつければすむ話なので。

もちろん、大きな失敗では自己嫌悪に陥って、落ち込むこともあります。詳しくは書きませんが、最近も仕事で大きなミスを繰り返し、いろいろな人に迷惑をかけてしまい、勤め先を辞めたいくらいの責任を感じていましたが、今は立ち直っています。
その理由としては、1つ目は現実を受け入れて、客観的に前向きに評価する機会があったこと。そのプロジェクトからは外れることになったのですが、事情を知らない他の社員の方に説明するのに、あまりネガティブなことばかり話していても説明にならないわけです。客観的に事情を話しているうちに、プロジェクトを外されたことも現実として受け入れ、次の仕事に前向きに取り組もうと感じるようになってきました。
2つ目は、周囲の方や勤め先が、失敗を取り返す機会を与えてくれたこと。自分がそうであるように、誰もが他人の失敗を「そういうこともある」と許してくれるものです。自分が迷惑をかけたと責任を感じていたところも、相手のほうから見るとたいしたことはなかったのかもしれないし、次に取り返してもらうほうが大事だと思ってくれたのかもしれません。
そして3つ目は、心の折れる行動を取らなかったこと。落ち込んではいたけれど、いつものように会社に出て仕事をする日々を重ねたことで、次第に気持ちも落ち着いてきました。逆に1日でも会社を休んでしまうと、次から出社しにくくなってしまったかもしれません。このあたりは個人差があるので、一度どん底まで落ち込んでしまったほうが立ち直りが早いという人もいるかもしれませんが、自分の場合はということで書きました。

本署に戻って、結局「たった1つの習慣」とは何なのか、というのが疑問に残った人も多いのではないかと思います。あえてまとめていないようですし、そこは読者の皆さんが自分で考えてほしいということなのかもしれません。
自分なりの考えでまとめると、折れない心を作るたった1つの習慣とは、「周囲の人の言動や状況を、否定的に捉えない」ことだということになります。物事や他人を自分の思い通りに動かすことはできないわけですが、自分の思い通りにならなくて当然だと考えていれば、物事を否定的にとらえることもないし、怒りを発散する必要もないわけです。そういう人の心は、本質的に折れないのではないでしょうか。

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2011年11月24日 (木)

[読書メモ]美崎栄一郎『会社って楽しい?』

会社って楽しい?(美崎栄一郎)

勉強会、読書会、朝食会。
いろいろな呼び名はありますが、有志で開催される、あるテーマに対して意見をシェアしながら自分たちを成長させていく集まりということになるかと思います。自分も昨年勉強会デビューしまして、いまでは主催もするようになりました。
勉強会界隈というのがあるとすれば、美崎さんはそのカリスマ主催者です。私も何度かお世話になりましたし、最初に参加して勉強会にはまるきっかけになったのも、美崎さん主催の「築地朝食会」でした。
あらゆる人が仕事や働き方に対する意識を高め、楽しむために、会社以外でも活躍できる場や、人とのつながりを持っておきたい。勉強会は単に人の話を聞き、書籍などから知識を得るだけではなく、家と会社以外の「場」という意味でも大切だと思います。

さて、この本、タイトルからは想像がつきづらいのですが、勉強会を紹介している書籍です。
10人ほどの勉強会の参加者を主人公に、東京を中心に開催されている勉強会や読書会を紹介しながら、勉強会の楽しさを描いています。
人名こそ仮名になっていますが、名前が出てくる勉強会や読書会、そして紹介されている書籍はほぼ全て実在のもので、出版から約2年たっていますが、現在も活動を続けている会も数多くあります。登場人物のほうも、見る人が見れば誰がモデルなのかわかりそうですし、もしかしたら私も、彼らの中のひとりふたりとお話ししているかもしれません。
(美崎さん自身をモデルにした人もいるようなので、1人とは確実に会っていますね。(笑))

単なる勉強会の紹介にとどまらず、ストーリー仕立てで書かれているため、登場人物の個性が引き出されています。いくらかの脚色はあるにしても、モデルは普通の社会人ですから、勉強会に参加することで、その人の考え方や生き方が前向きになり、生き生きと描かれるようになるのでしょう。
情報を受け取るだけではなく、自分の意見を発信できる人。与えられたものだけではなく、自分から人との交流を求めていく人。そして何よりも、家と会社の往復だけではなく、勉強会という自分を成長させる場に足を運べる人。
とくに目的意識がなくてもいいのかもしれません。第1章に出てくるユウさんのように、楽しいから参加する、それだけでも十分、勉強会に参加する意義はあると思います。

勉強会の楽しさを伝える1冊で、帯にもあるように「ありそうでなかったビジネス書」です。しいていえば、勉強会とはどういうものかというのを、初めのほうでもう少しかみ砕いて説明してあればと思いました。私のように、すでに勉強会に参加している人には内容が理解できるのですが、この本で初めて勉強会の世界に触れるような人だと、導入の部分でやや唐突な印象が残ったかもしれません。

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2011年11月20日 (日)

[読書メモ]ゆうきゆう、大和まや『やさしすぎる人の心理術』

図解 もうひと押しができない! やさしすぎる人の心理術(ゆうきゆう、大和まや)

『マンガでわかる心療内科』などのゆうきゆう先生と、「女医マヤ先生の悩み相談室」の大和まや先生の共著です。メインの執筆はゆう先生が担当されているようですが、マヤ先生のほうが上司にあたるようです(2003年時点での「女医マヤ先生の悩み相談室」のプロフィールより)。

2人とも精神科医で、心理学的立場からの人付き合いの方法を40のテーマに分けて解説しています。それぞれのテーマに印象的な見出しがついていますので、それぞれのテーマに名前をつける役割を果たしているように思います。
自分は人の名前を覚えるのが苦手で、この見出しも全然覚えられなかったのですが、中にはそういう人もいるということで。まあ、ややこじつけ気味のタイトルもあるにはあるのですが。

さて、よく言われる、部下などを叱るとき、一般論よりも「自分がどう感じたか」を伝えると相手の心に響きやすい、という話が最初に出ています(「赤と黒」)。同じように、誘いの断り方、謝り方、提案の仕方などで、人間関係を悪くせずに相手に受け入れてもらいやすくする方法が、各テーマごとに示されています。
その中で自分がもっとも心に響いたのは、「四つの失敗」と題されたテーマ(86ページ)。自分もいろいろな失敗をしてきていますが、そのときの理由として、自分自身が改善できるところに原因を求めれば、次に同じ失敗をしなくすることができます。同じ内的要因(自分自身が原因)でも、改善できないところに理由を求めてしまうと、できない、やらない理由となってしまって課題を解決できなくなってしまいますから、どのように改善するのかを見つけていくのかが大事だということになります。

職場の人間関係だけではなく、彼氏・彼女との恋愛における人間関係でのテーマ設定も多く、相手の考えがわからなくてひとりで勝手に悩んでしまう人(自分もその傾向があります)は、こういった書籍で得た方法を試してみるのはよいのではないかと思いました。
また、書名に「やさしすぎる人」とついていますが、むしろ、もっとやさしい人になるための方法論がちりばめられているように思いました。もっとも、他人のいいなりになってしまうのでは元も子もないので、必要な部分は自己主張できるようにという意味で、この書名なのかもしれません。

余談。
「ミスト・ウォーカー」のところ(38ページ)、『マンガでわかる心療内科』に全く同じエピソードが出てきています。
作者が同じ人なので盗作ではないのですが、同じテーマを扱うにしても、切り口を変えるくらいの手間はかけてほしかったかな。ちょっと残念に思いました。

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