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2006年7月12日 (水)

研究旅行(2)

Ryoko_12日目。福井と一乗谷の間は「JR越美北線」(九頭竜線)という鉄道が通っています。名前の通り、福井(越前)と岐阜(美濃)を結ぶ路線の北側で、九頭竜湖までの路線ですが、越美南線(長良川鉄道)とはつながっておらず、また現在は一乗谷止まりです。

朝9時。福井駅のコンコースで、小学生が10人あまり、引率の年配の方に連れられているのを見ました。子供会でどこかに行くのだろうと思っていましたが、自分の乗った列車に乗り込んできました。

手前の越前東郷で連絡バスに乗り換えるでもなく、一乗谷まで子供たちと一緒。で、一乗谷朝倉氏遺跡資料館に向かったのですが、例の子供たちもついてきました。目的地が一緒……。orz

でも、博物館で団体客についていくと、館員さんの説明が聞けるのでちょっと得した気分。とくに相手が子供だったので、子供向けの説明になって、わかりやすかったです。
いちばん見たかった将棋の駒ですが、肝心の「醉象」があとから作り足したものになっていて、ちょっとがっかり。その他の駒は発掘したものをほぼそのまま展示しているのに。

Sn340120 資料館で自転車を借りられたので、少し山のほうにある「復元町並」を見に行きました。
こんな感じの家がいくつも並んでいました。屋根は瓦がなく、かわりに大きな石で止めてあったようです。

Sn340125 武家屋敷の中では、将棋に興じる2人の人形もありました。この屋敷、ほかのところに比べて敷地が結構広くて、この部屋を含めて4部屋くらい、そのほかに別棟で便所がありました。

Sn340133 だいたい見て回って、帰ろうとしたら、さっきの子供たちが復元町並に向かっているところでした。私は自転車を借りられましたが、彼らは歩いてここまでやってきたようです。
帰り道、踏切の先に鉄橋があったのですが、2年前の水害で鉄橋が流され、復旧工事中でした。一乗谷までしか列車が走れず、途中の区間をバス輸送しているのは、これが原因。この水害については、被災状況をまとめたサイトも公開されています。

一乗谷駅まで戻って、帰りの列車を待っていたら、さっきの子供たちが戻ってきました。結局、往復ずっと一緒だったようで。これだったら子供会の中に入れてもらうんだったかもしれません(汗)。

昼過ぎに福井駅に戻って、昼食を取った後、今度は福井県立図書館へ。さすがにここまでは子供たちもやってきませんでした(笑)。
駅から図書館までは、無料のバスが運行されていて、25分ほど。一乗谷の発掘調査報告書も、郷土資料として蔵書に含まれています。
調査報告のうち、将棋の駒に関するものをコピーしてきました。これでわかったのですが、資料館で偽物が置かれていた「醉象」は、ほとんど墨痕が残っておらず、本物を置いていても字が見えないのだろうと思います。

発掘された醉象駒の裏は、「□子」。「子」の文字もはっきり判読できるわけではないのですが、横棒があるのは確認できます。もしかしたら、裏は「仲人」と読むことができるのではないか(中将棋の仲人は、成りが醉象)と考えていたのですが、ちょっと無理っぽいですね。

次回でいよいよ研究旅行記も終わりになります。最終日は大阪でゼミを受けてきました。
お楽しみに。

追記:復旧工事中の鉄橋の写真を、ウィキペディアの「越美北線」に公開しました。この写真の著作権は私、たまご915にありますが、ウィキペディアのライセンスであるGFDLでの利用を許諾します。

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