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2006年7月

2006年7月22日 (土)

論文のタイトル

前回のゼミ (2週間前になりますね) で、タイトルについて指摘が入りました。

「現代将棋成立の過程」というタイトルにしていたのですが、このタイトルだと、現代のプロ将棋への成立の歴史を論じているようにも取れる、ということでした。

ということで、どうしたものか。
現代将棋=現行ルールの将棋、という意味で、
「日本将棋の現行ルール確立の過程――持ち駒再利用開始時期の考察」
を考えたので、これで次回のゼミに出してみようと思います。

さて、書き始めた論文なのですが、世界の将棋類を説明するだけで、4000字を越えていきそうです。全体で2万字になるように調節していかないといけないので、この部分を大きくしすぎると、バランスが悪くなりそうです。
まずは字数を考えずに書きたいように書いていって、オーバーしたときに無駄な部分を削る、という方向がいいのかなあ。

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2006年7月14日 (金)

研究旅行(3)

Ryoko_1旅行の3日目(最終日)は、大阪での放送大学のゼミ。

福井から大阪まで出ればいいのですが、特急料金の節約のために福井~京都間の特急券と京都~新大阪間の新幹線の切符を買って、乗継割引を利用しました。
でも結局は、京都で「サンダーバード」を降りたあと、新幹線は使わずに大阪まで新快速で移動しました。

環状線に乗り換えて寺田町まで向かい、駅前の食堂で昼食を取った後、放送大学の大阪学習センターへ。今回のゼミは学生3人がみんな出席しました。

一人の方の研究は、戦国時代から江戸時代にかけての陣羽織について。多様な陣羽織があるので、総合的に扱おうとして収拾がつかなくなりかけていましたが、テーマを絞って論点をまとめるようにという方針になっていました。

もう一人の方は、聖武天皇の紫香楽の宮への遷都について。信楽に住んでいた方で、地元に古代の都があったことについて興味を感じているようです。いろいろな講演や書籍に目を通されているのですが、偉い人の意見を受け売りにしてしまっているところがあるので、自分の論をどこまで立てられるかが気になります。

おっと。他人のことをとやかくいっている余裕なんかはないんですよね。放送大学の卒論は11月10日が提出日なので、ほかの大学より2か月以上前倒しで動かないといけないんです。

私の今回のレビューは、「酔象」駒についてがメイン。あとは前回の宿題だった沖縄の発掘調査と、前日まで行っていた一乗谷の調査で感じたことをお話ししました。
一乗谷と並ぶ中世の遺跡に、広島の草戸千軒と青森の十三湊があるので、そういったところで将棋の駒が出土していないか調査するようにいわれました。

日本各地の出土駒の情報をまとめたページがあるので、ある程度の調べはつくのですが。十三湊からは報告がなく、草戸千軒からは駒らしきものが出ているのですが、どう見ても形がおかしいし、別のものの可能性もあります。

せっかくなので、上記のサイトから地図に出土情報をプロットして、次回のゼミで提出しようと考えています。

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2006年7月12日 (水)

研究旅行(2)

Ryoko_12日目。福井と一乗谷の間は「JR越美北線」(九頭竜線)という鉄道が通っています。名前の通り、福井(越前)と岐阜(美濃)を結ぶ路線の北側で、九頭竜湖までの路線ですが、越美南線(長良川鉄道)とはつながっておらず、また現在は一乗谷止まりです。

朝9時。福井駅のコンコースで、小学生が10人あまり、引率の年配の方に連れられているのを見ました。子供会でどこかに行くのだろうと思っていましたが、自分の乗った列車に乗り込んできました。

手前の越前東郷で連絡バスに乗り換えるでもなく、一乗谷まで子供たちと一緒。で、一乗谷朝倉氏遺跡資料館に向かったのですが、例の子供たちもついてきました。目的地が一緒……。orz

でも、博物館で団体客についていくと、館員さんの説明が聞けるのでちょっと得した気分。とくに相手が子供だったので、子供向けの説明になって、わかりやすかったです。
いちばん見たかった将棋の駒ですが、肝心の「醉象」があとから作り足したものになっていて、ちょっとがっかり。その他の駒は発掘したものをほぼそのまま展示しているのに。

Sn340120 資料館で自転車を借りられたので、少し山のほうにある「復元町並」を見に行きました。
こんな感じの家がいくつも並んでいました。屋根は瓦がなく、かわりに大きな石で止めてあったようです。

Sn340125 武家屋敷の中では、将棋に興じる2人の人形もありました。この屋敷、ほかのところに比べて敷地が結構広くて、この部屋を含めて4部屋くらい、そのほかに別棟で便所がありました。

Sn340133 だいたい見て回って、帰ろうとしたら、さっきの子供たちが復元町並に向かっているところでした。私は自転車を借りられましたが、彼らは歩いてここまでやってきたようです。
帰り道、踏切の先に鉄橋があったのですが、2年前の水害で鉄橋が流され、復旧工事中でした。一乗谷までしか列車が走れず、途中の区間をバス輸送しているのは、これが原因。この水害については、被災状況をまとめたサイトも公開されています。

一乗谷駅まで戻って、帰りの列車を待っていたら、さっきの子供たちが戻ってきました。結局、往復ずっと一緒だったようで。これだったら子供会の中に入れてもらうんだったかもしれません(汗)。

昼過ぎに福井駅に戻って、昼食を取った後、今度は福井県立図書館へ。さすがにここまでは子供たちもやってきませんでした(笑)。
駅から図書館までは、無料のバスが運行されていて、25分ほど。一乗谷の発掘調査報告書も、郷土資料として蔵書に含まれています。
調査報告のうち、将棋の駒に関するものをコピーしてきました。これでわかったのですが、資料館で偽物が置かれていた「醉象」は、ほとんど墨痕が残っておらず、本物を置いていても字が見えないのだろうと思います。

発掘された醉象駒の裏は、「□子」。「子」の文字もはっきり判読できるわけではないのですが、横棒があるのは確認できます。もしかしたら、裏は「仲人」と読むことができるのではないか(中将棋の仲人は、成りが醉象)と考えていたのですが、ちょっと無理っぽいですね。

次回でいよいよ研究旅行記も終わりになります。最終日は大阪でゼミを受けてきました。
お楽しみに。

追記:復旧工事中の鉄橋の写真を、ウィキペディアの「越美北線」に公開しました。この写真の著作権は私、たまご915にありますが、ウィキペディアのライセンスであるGFDLでの利用を許諾します。

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2006年7月11日 (火)

研究旅行(1)

Ryoko_17月7日から9日まで、2泊3日の旅行に行っていました。

初日(昼):徳島→(バス)→大阪→(JR環状線)→鶴橋→(近鉄奈良線)→大和西大寺→(近鉄橿原線)→畝傍御陵前

で、橿原考古学研究所と博物館の見学。
大阪線じゃなくて奈良線に乗ってしまったため、多少のタイムロスをしています。
博物館の所蔵は飛鳥時代以前のものがほとんどだったのですが、6世紀の貴族の副葬品に、きれいな装飾の施された馬具(鞍など)があり、龍、鳳凰のほか、象も描かれていました。
二中歴の将棋から「象」の駒が消えたのは、当時の日本人が象を知らなかったからではと推測していたのですが、考えの修正が必要ですね。

そのあと、研究室の蔵書を見せていただくつもりだったのですが、入れ替え中で書庫に入れず、検索用のコンピュータも使えず、ほとんど収穫無しでした。
とりあえず興福寺の調査報告書と、その後の調査が載っている「木簡研究」のコピーだけ入手しました。

橿原で早めの夕食を取り、一路福井へ。
初日(夜):畝傍御陵前→(近鉄橿原線・京都線)→京都→(JR琵琶湖線・湖西線・北陸本線)→福井
福井駅前のホテルに10時までにチェックインしてほしいということだったので、畝傍を6時10分に出発して、3時間ほどで福井に着きました。京都からの「サンダーバード」号は自由席だったので、座れないことも覚悟していましたが、喫煙席ながら何とか確保できました。

2日目は福井に滞在して、一乗谷などを見学しました。次回をお楽しみに。

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2006年7月 6日 (木)

学割とか

今回はちょっと鉄道マニアっぽい話。

徳島→奈良→福井→大阪→徳島の旅行で、本州内はJR西日本と近鉄を利用するわけですが、JRの101キロ以上の区間では学生割引が適用になります(卒業研究の調査であることを放送大学の学習センターに申請したら、学割が適用になりました)。
行きは京都から福井までJRを利用するのですが、この距離が148.1キロになります。ちなみに、琵琶湖の東を通る米原経由と、西を通る湖西線経由の2ルートがあり、湖西線回りのほうが少し短いのですが、どちらを通っても湖西線回りで計算します。普通運賃(特急料金は別)は2520円なのですが、学割を適用すると2割引になります。これで500円お得。

帰りは福井から大阪環状線の寺田町まで行くのですが、こちらは特急料金のトリックがあります。
福井から大阪まで、特急「サンダーバード」に乗ると特急料金は2100円。ところが、特急から新幹線に乗り換える(逆も可能)と、特急料金が半額になる「乗継割引」という制度があります。これを使って、サンダーバードを京都で降りて、京都から新大阪まで新幹線に乗ると、福井~京都の特急料金が1780円→乗継割引で890円、京都~新大阪の新幹線840円なので、合計1730円。370円お得になります。
さらに、福井から寺田町までの運賃は3570円なので、学割で710円お得になります。

全部で1500円以上安くなるので、こういう知識は知っておいて損はないかと。

PS.どこか間違っていたらご指摘願います。

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2006年7月 4日 (火)

第3回ゼミのレジュメ

今週末(7月9日)、3回目のゼミがあります。
7日に徳島を出発して、奈良(橿原考古学研究所)→福井(一乗谷朝倉氏遺跡資料館)→大阪(ゼミ)と移動する旅行になります。
単に大阪へ往復するだけだともったいないので、いろいろ予定を付け足してしまうわけです(笑)。この旅程ですが、想像するほど飛び回るわけではなく、近畿の地図の西の端(徳島)から東の端(福井)までに収まっています。

で、いつものように、ゼミのレジュメができたので公開します。例によって一太郎形式ですので、一太郎ビューアをインストールしてご覧ください。
前回のゼミで、「醉象」の駒について少し聞かれましたし、持ち駒ルールの採用には重要な意味を持つ駒だと考えていますので、今回取り上げてみました。

興福寺出土の習書木簡(駒と一緒に出てきたもの)に「醉像」の記述があるのですが、これを後世の醉象と同じものだと考えてしまうと、いろいろ矛盾が出てきてしまいます。

  1. 二中歴に「醉象」の記述がないのはなぜか。
  2. 11世紀に、玉将が2枚作れる、といった画期的なルールを考え得たかどうか。
  3. 二中歴の将棋+醉象だと、醉象だけが2段目に配置され、美しくない。
  4. 駒の1文字目は玉・金・銀・桂・香と仏教の宝物が並んでいるのに、「醉」って何だ?
  5. 「象」の名を持つ駒はチャトランガに由来できるが、習書木簡は「像」なのはなぜか。

などなど。ここを突き詰めるだけでも5~6枚のミニ論文は書けそうです。

以前に公開していた書きかけの論文は破棄して、一からやり直すつもりです。とはいっても、放送大学の論文は11月提出なので、そんなに時間があるわけじゃないんですよね……。

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2006年7月 2日 (日)

放大図書館から資料が来ました

6月28日から徳島~奈良の高速バスが運行されました。
橿原考古学研究所(畝傍御陵前駅)に行くのに便利かと思いましたが、7時40分の便で奈良まで行くのと、8時50分の大阪行きの便で奈良に行くのとで、そのあとの電車の連絡を見てみたら、到着時刻はほとんど変わらないようです。バスは電車より遅いからなあ。

さて、放大図書館に申請していた書籍が届きました。
グスク文化を考える』は、本部の図書館にあったので書籍を借りられました。沖縄諸島の遊戯史についての論文が出ていて、そこに将棋についても書かれているのですが、グスクが成立して以降の時代の考察だけでした。沖縄でグスクが成立したのは12世紀頃なので、10世紀の後半と考えられている将棋の伝来には、少し時代が合わないようです。
琉球・東アジアの人と文化』は、本部の図書館にもなく、他大学の図書館に問い合わせてコピーを送ってもらいました(コピー代と郵送料で320円の負担)。ここに将棋の伝来についての記述があり、「東南アジア~中国(唐)南方~沖縄諸島」の交易路を想定してこれを通って将棋が伝来したという主張になっています。

この2つを読んで感じたのは、将棋の東南アジア伝来説は考えにくいということです。無理にでも沖縄を入れるなら、「唐→沖縄諸島→日本本土」の可能性は否定できませんが、中国大陸を経由しない東南アジア伝来説は、沖縄を経由するしないに関わらず、交易路自体が存在していないようです。

やはり、将棋も他の文化と同様、随~唐~宋のいずれの時代かの中国から伝来したと見るのが自然と思います。ただ、この説で不利なのが、最後の遣唐使が830年(894年にも計画されているが、菅原道真の建議で派遣中止→廃止)、平氏によって日宋貿易が開始されたのが1140年頃で、その間の時期にどうやって中国からの文化が伝わったのか、という説明が難しいことです。

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