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2006年11月23日 (木)

日本将棋の祖先は?

日本将棋はどこから来たのか。この素朴な疑問に、まだ答えは出ていません。

有力な説としては、中国大陸からの伝来と、東南アジアからの伝来があります。前者は古くからいわれてきたもので、将棋文化を高めようとする俗説なども含まれています。後者は日本将棋 (「二中歴」の将棋) と、 シャンチー (中国象棋) ・マークルック (タイ将棋) を比較して、タイ将棋との類似点を多く見いだしたことに理由を求めています。

平安時代の終わりには将棋の駒が発掘されていますから、それより前には将棋が伝来していたことになります。その頃の文化は、ほぼすべてが中国・朝鮮より伝来していますから、将棋だけが東南アジア由来のものであったと考えるのは難しいと思われます。

将棋が中国伝来であるとして、今度はシャンチーと日本将棋との相違点がなぜ発生したかを説明する必要があります。私は以下のような仮説を立てています。

9世紀から10世紀 (平安時代前半) にかけて、中国大陸に将棋の原型となるものがあった。それは現在のシャンチーとは異なり、マス目に駒を置く形のものであっただろう。それが日本に伝来し、駒の名称と形が変わって平安将棋となった。
一方中国大陸では、駒を交点に配置するような大きな変化が起こり、その後も実際の戦争の戦略をとりいれたルールの変更 (河と九宮の追加、砲の駒の追加) がなされ、現在のシャンチーとなった。

Photo 左に、中国から日本に伝来した当時の将棋の想像図を入れています。
盤は中国・日本が左右対称の美を重んじていたことから、「将」が中央に来る奇数列とし、9×9マスとしました。
駒はシャンチーと同じ円板型で、1文字が書かれているもの。書かれた文字はシャンチーにあわせて中央から「将・士・象・馬・車」としましたが、チャトランガでの駒の意味からすると「王・将・象・馬・車」かもしれません。

ここまでは想像ですが、裏付ける資料になりうるものとして、9世紀に牛僧孺によって著されたとされる「玄怪録」という怪奇小説があります。ここの将棋の描写とされるものが、この想像図に近いものとなっています。

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