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2007年1月

2007年1月29日 (月)

康富記

土曜日、増川先生に返事を書きました。
手紙を頂いたお礼から始めて、卒業研究が終了したことと、今後も自分なりに研究を続けていくということをしたためました。
久しぶりの手書きの縦書きだったので、字のバランスが崩れてあまりきれいに書けなかったのですが……。

そのあと図書館に行ってきました。以前の増川先生の手紙に、「実隆公記」「言継卿記」「山科家礼記」を調べてはどうかとありましたので、まずは蔵書にあるかどうかをチェック。
「実隆公記」が鳴門教育大学にあるものの徳島県立図書館にはないことが判明。
「言継卿記」は徳島県立図書館にもありました。
「山科家礼記」はどこにもなく、どうやら活字化されていないようです。

で、まずは入門的に、「康富記」から見てみました。中将棋の記述が最初に出てくるのが、中原康富によって書かれたこの日記だということです。
最初から目を通していっているので、まだ将棋の記述にはあたっていませんが、関係するような記述がどこかに見つからないものか、うまくいけばよいのにと思っております。

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2007年1月23日 (火)

伊丹からの手紙

意味不明なタイトルですね (汗) 。映画のタイトル (古い歌謡曲ではない) をもじったわけですが。

伊丹に住んでいる、増川先生から手紙が届きました。
突然なんだろうかと思ったのですが、先日の例会で先生が講演された、「将棋の起源は2人制だった」に訂正したことが新聞記事に出ていたことを、その切り抜きと一緒に送られていました。
(読売新聞の記者さんで、竜王戦などの観戦記で名前を見たことがある方の署名記事になっていました。顔を知らないのでどなたかわかりませんでしたが、例会に来ていたのだそうです。)
結びには、研究を継続してほしいこと、次代、次々代の研究者として期待しているということも書かれていました。

自分としても、このままでは中途半端に感じるので、もう少し研究を進めてみたいと思うようになりました。ただ、遊戯史研究は大学での学問分野には収まらないので、大学院で研究を続けようとすると、やりたいことができなくなる可能性もあります。
そういう意味では、在野の研究者として、期限を切ることなくマイペースで調べて行ければどうかなと思っています。

さて、手紙が来たので、返事を書かなければなりませんが、増川先生がかなり熱心に書かれているので、どう返事してよいものか難しいです。
しかも手書きの文面だったので、こちらもワープロを使うのは失礼になりそうですし……。

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2007年1月17日 (水)

面接審査

日曜日、放送大学の卒業研究の面接審査がありました。

他のゼミではプレゼン資料をまとめて、ゼミ参加者全員に向けて発表するところもあったようですが、こちらは先生と1対1の面談の形になり、多少助かりました。
まずは論文の内容 (テーマとその結論) を説明し、うまくいったところと弱いところを訊ねられました。弱いのは、(それで遊戯史学会に受け取ってもらえなかったのですが) 他の資料をまとめただけに終わってしまった部分があるところ、ということになりますね。

その後、個別に指摘があり、

  • タイトルは「成立の歴史的過程」など、もう少し踏み込んだ表現でもよかった。
  • 1ページの後ろから6行目に落丁がある。(いわれて初めて気づいた)
  • 「康富記」「家忠日記」などで原文に当たることができたのに、孫引きになっているのが残念。
  • 将棋の伝来が「比較的新しく、11世紀」としているが、歴史的には11世紀が新しいとはいえないので、「囲碁と比較して」などの説明がほしい。
  • 「鳥獣人物戯画」の囲碁と将棋の盤の比較は、よく見つけたと思う。
  • 酔象を含んだ詰将棋の部分は、全体の論から少し浮いてしまっている。
  • 名人の登場を現行ルール成立時期を推定する理由としたのは、よい観点だと思われる。本論でもう少し強調してはどうだったか。
  • 全体的にはよく書けている。冗長なところも見られない。

と、改善点はあるものの比較的高評価でした。

先生の考えでは、これを手直しして遊戯史学会に送ってはどうかという算段だったようですが、先に送ってしまい、しかも却下されたということで、予定が狂った感じでした。却下の理由が「新たな発見が見られない」なので、手直しして出していたとしても結果は変わらなかったでしょう。これについては、何年後というスパンで新しいものを書き、再提出してはどうかということになりました。

あと、大学院ですが、将棋の歴史を研究している学問分野がないこともあって、ぜひ来てくださいという感じにはなりませんでした。
(遊戯史学会の懇親会で話に出たのですが、世界的には民俗学の範疇になるのだそうです。日本の民俗学は遊戯を扱わないため、このような状況になります)
放送大学の大学院に入るとしても2008年度になりますし、そうなると試験は今年の夏以降なので、もう少し考える余裕はあります。進路については、もうしばらく考えることになるだろうと思います。

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2007年1月13日 (土)

今後のこと

明日、卒業論文の面接審査があります。
準備はとくに必要なく、「書いた論文に目を通しておくように」くらいでしたので、あまり気負わずに行こうと思います。
久しぶりの大阪 (市内) なので、どこかに買い物とかも行きたかったりしますが (笑) 。

今後の方針ですが、研究を続けるのであれば、増川先生に頂いたアドバイスを参考にすることになるかと思います。
15~16世紀を中心に、鎌倉・室町時代の日記文学などから将棋に関する記述を見つけ、そこから論を組み立てていけばどうかと書かれていました。具体的には、「実隆公記」「言継卿記」「山科家礼記」があげられており、その他の資料として『増補史料大成』『史料纂集』から探すようにありました。

方針はわかるものの、大変な作業であるように思います。
これらの日記文学に、将棋の記述がどれだけあるのかわかりません。大量の砂をすくってひとつまみの金を見つける、砂金取りのイメージですね。また、点在する将棋の記述を歴史の中でつなげるのには、自分の日本史の知識は乏しすぎるかもしれません (高校・大学で日本史をやっていないので) 。
見通しが立たないだけにどうなるのかわかりませんが、気が向いた範囲でやっていこうかなと思います。

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2007年1月 6日 (土)

年賀状

あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。

リジェクト以降、やはりいろいろ考えることもあり、投稿しない状態が続きました。
将棋史の研究を続けるかどうか、まだ結論は出ていませんが、ブログのほうは再開したいと思います。

増川先生から年賀状が届きました。
こちらからは挨拶状としてだったのですが、先生からは激励と研究の進め方についてアドバイスが、余白にびっしりと書き込まれていました。少し申し訳ないくらいです。

リジェクトの際に同封された手紙や、今回の年賀状のメッセージで、いくつか具体的な資料を提示してくださいました。
今後どのような形であれ、研究を続けるのであれば、そこが手がかりになってくるだろうと思います。

放送大学の卒業論文の面接審査が来週に迫っています。論文を出した学生の単位を落としたことはない、と担当の先生がおっしゃっていましたので、点数はどうあれ単位はあるだろうと思いますが、審査でどんな質問が来るのか、少し不安はあります。
遊戯史学会に論文を提出するのは、ゼミでのアドバイスだったので、論文を提出して受け取られなかったことは伝えておいたほうがよいのでしょうね。
あと、今後の研究の進め方で、放送大学の大学院を使うことができるのかも、聞いておく必要がありそうです。

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