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2011年1月 2日 (日)

[将棋]出雲から出土の将棋盤について想う

ちょっと前の話ですが、将棋の歴史研究的に興味深い出土品が、昨年12月に出雲から発掘されています。

出雲市高浜Ⅰ遺跡・山持遺跡から出土した遺物について(島根県埋蔵文化財調査センター)
国内最古の将棋盤出土 出雲市高浜I遺跡(日本海新聞)
島根県出雲市高岡町 高浜 I 遺跡から最古の将棋盤が出土(日本将棋連盟)

米長会長、将棋文化は仏教伝来までさかのぼるって、さすがに歴史的には無理が多そう……。木村義徳九段の説に近いのかな。

出土場所は、里見女流三冠の実家に近いらしい。『ヒカルの碁』のように、この将棋盤に宿っていた棋士の霊が、里見さんについた、なんていう冗談もあったようですが。

閑話休題、永正3年(1506)の記載のあった木管と同時に出土しており、おそらくは同時期。私が修論研究で扱っていた『実隆公記』の時代にも重なり、やはり戦国時代には広く将棋が指されていたことを裏付ける出土品となりそうです。

記事にも指摘されていますが、鎌倉時代の『鳥獣人物戯画』にある将棋の絵は、紙の版を用いていたとされます。紙というより、地面に直接線を引いて版の代わりにしていたようにも見えますが、そこから囲碁と同じように脚付きの将棋盤ができるまでに将棋の格が上がったのか、庶民に広まったときに盤が省略されていたのか、という部分も興味ありますね。

個人的には、出土品を見て、2つの疑問があります。

(1) 縦横どちらの向きで使われていたのか。
島根県の出土資料では出土した破片2つを前後に、日本海新聞の記事の写真では左右に置いています。
これは将棋盤の向きとも関係あるのですが、マス目がほぼ正方形(現在は縦長)なのでよくわからないのでしょうか。
自分の予想としては、木目が縦になる方向、かつ、出土した破片には取っ手と思われる部分がついているので、これが取っ手とするなら横になる方向、つまり2つの破片が左右になる形で使われていたのではないかと考えます。

(2) まな板に転用されていたとあるが……。
表面に刃物の跡がついているので、まな板としても使われていたであろうことは間違いなさそうですが、将棋盤がまな板に転用されたのか、逆にまな板が将棋盤に転用されたのか、という部分は解決していなさそうです。
古くなった看板や表札がまな板に転用されたという事例があるので、今回の将棋盤もそうだという連想だと思いますが、将棋盤は遊具ですし、駒は木簡や桶などを転用して作っているわけですから、逆も考えていいはずです。

疑問だけ呈して、自分で研究する時間がとれないのですが、何か新しい事実が出て、それで将棋の歴史解明につながればうれしいですね。

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