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2011年1月14日 (金)

[Wikipedia]私がWikipediaに書かなくなった理由

Wikipedia(日本語版)の私の投稿記録を見ていただければわかると思いますが、2009年5月から1年半以上、書き込みを行っていません。
自分がいなくなったからといって、ウィキペディアが変わるわけでも、ましてやダメになるわけでもなく、同じように運用されていくわけです。ある意味寂しい気もしますが、考えてみれば当然ですね。自分にそんなに影響力があったはずもないし、もし自分に影響力があったと思っていたとすれば、それは大いなる勘違いでしかありません。

記事を書かず、方針の議論や他の利用者のコメント依頼にばかり顔を出してしまうと、そのあたりの勘違いが起こってしまうのかもしれません。
たとえば、何か議論があって、自分の主張に近い形でまとまったとすれば、自分の力で議論を動かしたような感覚にとらわれるのでしょう。その当然の帰結として、ほかの議論でも自分が議論をまとめられると思い込んで参加してしまう。結果、ろくに貢献もしていないのに、議論にくちばしを挟む利用者として認知され、場合によってはウィキペディアを追われるようになる。
そういう利用者が何人かいたことは事実といってよいでしょう。

さて、私がウィキペディアを離れた理由ですが、大きくいって2つあります。
1つは記事の加筆で貢献する部分がなくなってきたこと。自分の興味ある分野は加筆が進み、このあときちんとした内容で加筆しようとすれば、加筆内容の裏付けとなる文献調査に多くの時間を必要とするため、自分の能力を超えてしまったといえます。
図書館で借りてきた本に書いてあった内容をちょこちょこ書き足していけば済むようなレベルではなく、記述の対象について体系だった知識がないと、まともな記述はできないように感じています。
(そこまでの意識も覚悟もない利用者の記述に指摘を入れることならできますが、それは他の利用者を萎縮させるだけで、ウィキペディアの質を高めることにはならないと思います。)

上の理由が大きな理由ですが、もう1つあげるとすれば、編集方針というか、管理体制について自分と意識がずれてきてしまった、ということがあります。
ウィキペディアは誰でも書き込めるメディアであり、それゆえに宣伝目的や荒らしでの書き込みが絶えず、宣伝や荒らしが記事の質を落とすという面はあります。そのため、彼らには投稿ブロックを含め、「一切の記述をさせない」という強い態度で臨んでいるのが現状です。これは、自分がウィキペディアを離れる前から変わっていません。
ただこの態度が、ウィキペディアに閉塞感というか、編集時の堅苦しさを生んでいるように思います。自分はそれがいやでウィキペディアを離れたわけですが、ある一定の規模を超えたコミュニティでは必ず起こることで、自由な雰囲気とコミュニティの質を両立させるのは、そもそも不可能なのでしょうか。

自分の理想としては、体裁を伴っていなくともある情報が記述されれば、編集に慣れた人がその記述を体裁の整った形に整形し、また別の人が質を高めるための肉付けを行う、そのプロセスの繰り返しで記事が成長し、議論は細部の調整できなものに限定されるというものです。
まあ、自分の中での理想でしかないし、実現したところでウィキペディアとして正しい姿ではないのでしょうけれど。

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