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2011年3月 5日 (土)

[Wikipedia]特筆性

ウィキペディアでは、メインページにあるように、「方針に賛同していただけるなら、誰でも記事を編集したり新しく作成したりできます」とあるわけですが、この方針が結構くせ者だったりします。くせ者というとあれかな。十分に理解されていないというべきかなと。

方針(厳密に言うと、方針の草案を含んでいます)の1つに、「特筆性」という基準があります。ようは一般人や無名の団体・企業の記事を作らないでほしいということなのですが、知らないでやってしまうのかいたずらなのか、自分や友人の名前で記事を作ってしまうことがよくよくあります。
客観的に見て、明らかに一般人である場合は削除されるという結論に議論を待たないのですが、難しいのはインディーズバンドであったり、無名の団体や企業であったり、同人誌や自費出版の作者の記事。記事を作成する人は特筆性があると思っていても、ウィキペディアの基準ではそうはならない、という例には枚挙にいとまがありません(削除依頼を覗いてみてください)。

ここからは自分の思い込みかもしれませんが、ウィキペディアで宣伝や売名行為をされるのが嫌で(広告記事は削除対象ですが)、特筆性を盾に無名な団体や人物の立項を認めない立場や、それが許されるならあれも許されるが、ウィキペディアはインディーズバンド(でもアマチュアの野球選手でもなんでもいいのですが)の名鑑ではないので認めないという立場もありそうです。
そうなると、特筆性という基準を持ち出すのはちょっと違うんじゃない?という違和感を持ってしまうわけです。売名や分野の偏りを認めない立場で記事の立項を制限するのであれば、そのような方針を作るのが筋であって、特筆性云々で網をかけるのは適切ではないように思うのです。

そもそも、特筆性という基準はいらないのではないかと考えています。
どんな記事を立項してもいいという意味ではなく、別の方針である「信頼できる情報源」からの言及を示していない記事の存在を認めないことで、基準は維持されると考えています。
言い換えれば、特筆性の基準を「信頼できる情報源からの言及があること」に単純化してしまうということです。できれば複数の情報源からの言及を求めたいですが、一足飛びにそこまで引き上げるのは厳しいかな。

宣伝や売名で記事をたてられても、いいじゃないですか。作成者の意図通りに記事が書かれるわけではなく、より中立で客観的な方向、ときには厳しい批判的記述が入るような形で改変することができますから、そこでバランスが取れるはず。
つまりは宣伝で記事を書くことはできませんよ、というのを、記事の削除ではなく内容の修正で行っていくことが、記事を質量ともに高める結果になるといいたいのです。

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