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2011年5月

2011年5月30日 (月)

[読書メモ]斎藤茂太『「もうダメだ!」と思ったとき読む本』

会社・仕事・人間関係で「もう ダメだ!」と思ったとき読む本(斎藤茂太)

斎藤茂太氏は、斎藤茂吉を父にもつ精神科医で、メンタルヘルスについての著書を多く書かれています。この本もその1冊で、昨今仕事に悩む人が増えていることもあり、かなり読まれている本のようです。
自分は今の職場では「もうイヤだ」と思うことは全くと言っていいくらいありませんが(だったらなぜこんな本を読んでいるのだろう。自分でも謎です)、過去にいた職場や仕事では、いろいろと思い悩んだ経験があります。もともと根がマジメなほうなので、「うつ」にもなりやすいそうですし。

誰しも自分の都合のよい人ばかりと付き合うわけにもいきませんから、どうしたって人間関係の悩みは出てきます。でもそこで、○○でなければならないと自分の考えに固執するのではなく、他人と過去は変えられないが、自分と未来は変えられると考えて思考を柔軟にすれば、悩みの質が変化し、前向きになれるはず。
また、相手の立場で考えることで、自分や人間関係を客観的に見ることができ、必要以上に落ち込んだり攻撃的になったりしなくなれます。「自分フィルター」が外れる効果もあるし、他者の言動に悪意や裏の意図があると思い込んでしまう人は、その思いが自分の中にある悪意を反映している可能性を意識する必要もあるかもしれません。

自己を客観的に見て落ち込みすぎないことも大事ですが、必要以上に強がることもまた問題。若いころの自分がそうで、自分は楽観的なほうだから、とずっと言い続けていたのですが、実際には精神的にそれほど強いわけでもなく、反動がきました。
弱い自分を認め、素直に考えるようになることができてからは、非常に楽になっています。
自分の弱さを隠そうとしたり、それが行きすぎて人間関係を拒んで「引きこもり」になってしまったりすると、精神的には余計に辛いのではないかと感じます。弱点をある意味笑いのネタにしてしまえば、あるいは少なくとも隠さずに自然に振る舞えば、そして外に出て色々な経験を積み重ねれば、弱点だと思っていたことも実は大したことがなかった、というのもよくある話だと思います。

最後に、「もうダメだ」と思ってしまわないための対処法。趣味を持つことが勧められていました。ひとつの嫌なことにばかり着目しないでほかのことに目を向ける意味が大きいですが、それだけではなく、自分のホームグラウンドとなる得意分野を持っていることが精神的に助けになりますし、また身体を動かすことそれ自体が大きなリラックス効果を生みます。
自分も、会社の野球部に入り、2年くらいぶりにボールを握ります。それ以外にもものを書くのが趣味のようなもので、このブログも自分の考えを伝えるだけではなく、自分自身の心の安定や息抜きにも機能しているのではないかと思います。
趣味を持てというのは簡単ですが、実際何かを始めてみるのは大変だと思います。まずは三日坊主でもいいので、何か始めてみるのが大事。形に残るものだと途中でやめたことが負担になるかもしれませんので、できれば気軽に取り組めて形が残らないもの。
そのひとつとしておすすめしたいのが、私のこのブログでも時々取り上げていますが、読書会や勉強会に参加すること。たいていの読書会に、初参加ですという人は必ずいますし、どこの読書会でも歓迎されますから、ミクシィやフェースブックなどで読書会のイベントを探して参加してみてはいかがでしょうか。

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2011年5月28日 (土)

[勉強会]2011/5/28 プレジデントを読む会@池袋

○コミュニティ名:本を共に読んで活かす会@大宮
○名称:5/28 プレジデントを読む会@池袋
○日時:2011年5月28日 10:00~12:00
○場所:サンマルクカフェ南池袋店Googleマップ
○参加者:4名
○課題書:『プレジデント』2011 5.30号「幸せになる練習」

『プレジデント』5.30号の特集が「幸せになる練習」ということで、自分の主催する会とは別に開催されたものに参加してきました。
インタビュー記事に興味を持った人が多く、島田裕巳さんの無縁社会(36ページ)、小池龍之介さんの仏教視点(43ページ)、内田樹さんのおひとりさま論(64ページ)が、取り上げられました。

幸せを感じる機会は、あまりないかもしれません。仕事でも何でも一心に打ち込んで、フローの状態を得ることができれば、幸せを体感することができるでしょう。ですがそこまでもって行くのが非常に困難で、作業させられていると感じるだけで終わってしまうことも多いと思います。
小池さんのいう、単純作業の繰り返しで心の平静を得るのとは少し違うかもしれませんが、幸せは行動を通して表出するものではないかと感じます。以前にも何度か書いていますが、勤め先の企業理念が「仕事を楽しむ」ことにあり、楽しむ、あるいは幸せになるためには行動が必要で、楽しんでいるからこそ次の行動に移れるといった、相乗効果があるといえるのではないでしょうか。

順番が前後しましたが、「無縁社会」も大きなキーワードです。震災によって状況が一変しましたが、家族や地域社会がその役割を失い、無縁社会化していたことが2011年の大きな問題になるであろうといわれていました。日本特有の企業文化も、成果主義や株主重視の姿勢、それに伴うリストラによって、かつてあった従業者間の家族的なつながりが失われたことで、欧米の悪いところだけを持ってきてしまったように感じられます。
無縁社会と表裏一体なのが、新しい形でのつながりといえるでしょう。家族や地域のつながりは、いざというときに役に立つこともある反面、強制的につながっていなければならない煩わしさもあるのではないかと思われます。インターネットの活用や、読書会・勉強会などによるWeak Tieが新しい縁としての役割を果たすと思いますし、これらは必要なときに必要な形でつながりを保つことができるという、柔軟さと(名前こそ「ウィーク」ががついていますが)強さを発揮できるものと思います。

内田さん(『日本辺境論』の著者です)の「おひとりさま」も、無縁社会と近い部分があるかと思います。個人が自己の利益を主張し始めたことで血縁や地縁という土壌が崩れ、個人主義社会となってきたこと。そのことが「一人でも生きられる社会」を生んだが、それは幼児のままでも生きられる社会であり、すでに崩壊しつつあること。現在は新たな共同体のあり方が模索されているが、共同体に求められる機能を最も満たしているのは近代の家族社会ではないだろうか、との意見が、内田さんの記事から読み取れました。
私自身は家族社会にはそれほど期待していませんが、個人主義社会が一定の限界を見せたことで、新たな共同体のあり方が模索されている部分は、大いに同意できるところです。

さて、今回の特集のテーマに戻って、幸せとは何か。震災当日、家に帰れて布団で眠れたことに幸せを感じたという話も出てきましたが、そういった小さなことが幸せの本来の姿なのではないかと思いました。
勤め先や勉強会での仲間に巡り会えたことや、自分を生かしてくれる職場や仕事があることは、幸運だとは思っていますが幸せとは少しニュアンスが違うように思います。かといって、自分にとって幸せとはないかと問われると、非常に答えにくくなってしまいます。
ただ、ひとついえることは、何もしないで幸せに巡り会えることはなく、自分で行動を起こしてみることが必要だということです。この国の将来の見通しが悪く、高度成長時代の再現はまず不可能なのですから、国や政府、あるいは会社や上司に頼らず、自分で道を切り開いていくことが求められているのだと思います。

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2011年5月25日 (水)

[読書メモ]茂木健一郎『世界一自由な脳のつくり方』

世界一自由な脳のつくり方(茂木健一郎)

脳科学者で、マスメディアにもしばしば登場している茂木氏の昨年の著書です。茂木氏といえば「脳」といった感じに、自己ブランド化ができているように思います。

「自由な脳」とうたってはいますが、内容は米国一辺倒で、米国のマネゴトをすることが自由なのだといわんばかりです。確かに日本の多くの人は、過去の方法にとらわれたり失敗を恐れたりして、発想が萎縮してしまっている部分はあるのですが、だからといって米国のマネゴトで自由になれるとも思えない。
過去のしがらみからも、米国からも自由なものの考え方を、もっと前面に打ち出したほうがよかったのではないでしょうか。
iPadやキンドルは、日本人には作れない、それは間違いない。ですがおそらく、あれを作れるのは米国だけでしょう。フランスでも中国でも、アフリカでもiPadは実現できないと思うので、ことさら日本人が恥じることもないでしょう。

とはいえ、多くの日本人の考え方が、不要な枠組み(マインドセット)にとらわれ過ぎて、自由な発想を妨げられているとは感じます。わかりやすいのは、本書でも指摘されていますが、学歴や勤務先など、肩書きや権威の枠組み。私が最初に挙げた、「茂木氏イコール脳」というのも、自由な発想を妨げる不要な枠組みでしょう。
脳の使い方だけではなく、生活全体にいえることですが、肩書きを外した「素の自分」で勝負することが求められています。会社を辞めて独立せよというわけではありませんが、肩書きや権威に頼らないならば、自分はどの部分で強みを発揮できるのか、もっといえば「素の自分」とは何者なのかを知ることがこれからの社会では重要になってくると思います。
(自慢ではないですが、自分はできているほうだと思います。仕事の中で経験を積み能力を高め、プライベートでは読書会などに積極的に参加するようにしているので、学歴や肩書きに頼って生きてはいないでしょう。)

日本という国は失敗や逸脱に対して非常に厳しいので、この国でマインドセットを外し、自由なイノベーションを起こすことは難しいのかもしれません。ですが、難しいからやらないと考えて止まってしまうのではなく、自分にできるところからイノベーションを起こし、実行し、周りを動かしていくことが、ひいては日本全体を変えていくことになるのかもしれません。

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2011年5月20日 (金)

[読書メモ]中谷彰宏『自分リストラ術』

自分リストラ術―やりたいこと再発見 (幻冬舎実用書―芽がでるシリーズ)(中谷彰宏)

「リストラ」というと、日本では失業のネガティブなイメージがつきまといますが、本書でいう「自分リストラ」は普通の言葉でいえば意識改革、あるいは自分自身の構造改革、となるでしょうか。
といっても非常に広い概念でこの言葉が用いられているので、私も今年2月に今の勤め先に移ったときに、「自分リストラ」をしていたと言えそうです。

何度か書いているかもしれませんが、私は過去に2回転職しており、今の勤め先が3社目です。最初の転職では徳島という地方都市から東京に出て来たく、2回目は正直なところ勤め先になじめず、体調を崩してしまったところがあります。
2度目の転職の際に、考えました。自分は何かに本気で取り組んだことがあったのか。嫌なことから逃げ続けていたのではないのか。その意識は退職を決めたときに自責の念とともに抱いたのですが、本書でいう「自分リストラ」と大きく重なる部分があると感じました。

本書が出たのが2001年の暮れだということもあり、従来の会社にしがみつく生き方を「20世紀の働き方」、本書で提案する会社を利用する生き方を「21世紀の働き方」としています。本書の働き方が世間一般的に実現できているとはいえないのですが、目指すところではあると思いますし、いまの勤め先の企業理念でもある「仕事を楽しむ」や、ダニエル・ピンクの「モチベーション3.0」に通じるところもあると感じています。

この本でおもしろいと思ったのは、自分が会社を辞めない理由がないなら、その会社を辞めるべきだ、という考え方です。会社にしがみついたり、ぶら下がったりしている人からは、絶対に出てこない主張だといえますが、それくらい積極的に会社にコミットしてはじめて、働いているといえるのかもしれません。
本気で取り組む。会社に貢献できる。やめない理由が見つかる。仕事に対する自律的なモチベーションが得られる。仕事を楽しめる。こういった好循環を得ることが、「自分リストラ」なのだといえます。

今の会社に移って4か月。6月の会計期末に合わせて、もうすぐ上司や社長との評価面談があります。会社から自分がどう見られているかは、聞いてみないとわかりませんが、自分としてはもっと本気になれるはずだし、もっと貢献できるはずだと思っています。
「自分リストラ」はそのとき限りのイベントではなく、継続することにこそ意味があるわけです。これからも自分の中の意識を高く持ち、仕事を離れた場も含めて、本気で生きていきたいと思っています。

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2011年5月18日 (水)

[読書メモ]栗原潔『グリーンIT』

グリーンIT コスト削減と温暖化対策を両立するIT効率化の戦略(栗原潔)

IT関連の技術書です。といっても自分の本業であるソフトウェア方面ではなく、サーバーや各個人が使うPCをどうすればエコに使えるか、という視点に基づいて書かれたハードウェアの技術書ということになります。
ハードウェアのエコは、ごく簡単にいってしまえば電力と熱をどれだけ抑えるかという論点に行き着きます。そして電力を抑えることは、震災以来首都圏では急務の問題となっています。大量のサーバーマシンが集積しているデータセンターは首都圏に集中しており、大量の電力を消費する施設ともなっています。先日の一部報道で、データセンターは今夏の計画停電の対象外となるとありましたが、だからといって節電の必要がないということではないのは当然の話です。

サーバー側では、廃熱処理とサーバーの集約(仮想化)が大きなトピックといえます。データセンターでは多くのサーバーが集約されていますが、サーバーなどの機器を適切に配置し、発生した熱を効率的に屋外に出すとともに特定の場所に熱がこもることがないようにすることで、発生する熱を大きく抑えることができます。これはひいては空調による機器の冷却を減らし、消費電力の抑制にもつながります。
「仮想化」はここ数年(本書発売は2008年)でよく聞かれるようになった言葉ですが、機能ごと(ウェブサーバー、メールサーバー、データベースサーバーなど)に複数台に分かれていたマシンを1台に集約しながら、ネットワーク上では複数台のサーバーがそれぞれの機能を果たしているように見せる処理です。これによりマシンの物理的な台数を減らすことができますから、全体として消費電力を大きく抑えることができるわけです。

利用者側での消費電力抑制策としては、環境性能を向上させたPCが市場に多く出てきていますし、クラウドコンピューティングやシンクライアントといった形で、これまでクライアントが行っていた処理をサーバー側に行わせることができるようにもなっています。
また、帰宅時にはPCの電源を遮断する、ハイバネーションやスリープモードを活用するなど、日常的に行っていることも重要となります。画面の輝度を落とすだけでも、結構効果はあるらしいです。
勤め先の宣伝になってしまいますが、私も執筆に参加している、株式会社アイ・エンターのシステム開発部門のブログ『陽気なシステム屋が世界を変える』にて、節電のエントリーがありましたので紹介させていただきます。

夏の電力不足に向けて節電を!(2011年5月11日公開)

グリーンITの話題に戻しますと、自分がIT部門の担当者なら、この機会にサーバーを最新機種にリプレースすることを提案します。新しい機種ほど性能も省電力性もよくなっていますし、仮想化でマシンの台数を減らすこともできます。
一時的なコストはかかりますが、震災対策として考えればお金を使うことが経済を回すことにもつながりますし、電力コストの削減分で将来的にはおつりがくるでしょう。

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2011年5月14日 (土)

[読書メモ]香山リカ『本当にやりたいこと!を見つける33の方法』

本当にやりたいこと!を見つける33の方法(香山リカ)

精神科医としてメディアにも多く登場する香山リカさんの、10年前の著書です。事件の実例なども挙がっていて、そのなかには大きな事件もあるのですが、だいぶ忘れていますね。9・11(米国の同時多発テロ)より前ですし、この10年の間に社会情勢も人の考え方もずいぶん変化してしまったのではないかと思います。
そういう10年間の変化も踏まえての感想ですが、この本からは本当にやりたいことを見つけるのは難しいように思います。読者への働きかけも薄く、気持ちをポジティブにするわけでもなければ、宙ぶらりんのまま置いておくわけでもなく、香山さんの主張がこうである、と伝わる程度にすぎない内容になっていました。
香山さんの他の本は読んだことがないのですが、これが彼女の作風なのでしょうか。10年前なのでまだ文章の書き方がこなれていない時期だったのでしょうか(少なくとも1991年には香山さんの著書はあるので、文筆デビューしたてということはないとしても)。

この本で取り上げられているいくつもの事例は、現代社会の問題として、10年たっても解決されないまま残っているか、より深刻になっています。いくつかは新しい社会通念として取り込まれているかもしれません。
自分は心理学をかじった程度なので、素人判断とほとんど変わりませんが、10年以上前から「空気を読むこと」「ルールを守ること」が過度に要求され、相互に監視し合う社会になってしまっているように思います。ネットの普及で、個人が情報を得ることができる範囲が広がり、情報発信を簡単に行えるようになったことも、監視社会化を強めてしまっているのでしょう。グローバル社会の到来で価値観の多様化が叫ばれていますが、日本社会としては多様化とは逆向きに動いているようにも見えます。

ただ、そういう社会であることは所与のものとして、個人個人が変わっていく必要を感じます。自分が変わるために必要なこと、それは
「受け入れる」
ことではないでしょうか。日本が相互監視社会になっていることも、その一方で多様性が求められていることも、また自分自身がどのような性格であり、自分に「○○しなければならない」という制約を課してしまっていることも、まずは受け入れることから始まるのです。
その上で、後書きにあるように、自分に素直になり、おおらかに自分を信じていく。そうすることで自分の中の価値観と社会での適応がバランスし、モノフレーム(本書P.130~)でもカメレオン人格(P.136~)でもない、自我の軸は確立しながら場をわきまえた行動ができる、その延長でやりたいことを見つけられるのではないかと考えています。

とはいうものの、自分も今やっているIT関連の仕事や勉強会への参加、ブログの執筆が「本当にやりたいこと!」なのかは、わかっていません。というより、あらゆる行動をとるか、少なくともどういう行動が取れるか知らないと、何が本当にやりたいことなのかは、見つけようもありません。
本当の意味で「本当にやりたいこと!」を見つけることはできない、ということも受け入れていくのが、やりたいことを探しつつも精神的な安定を得られる方法ではないでしょうか。

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2011年5月13日 (金)

[読書メモ]吉本佳生『スタバではグランデを買え!』

スタバではグランデを買え! ―価格と生活の経済学(吉本佳生)

経済学の本ですが、難しい理論をこねくり回すわけでもなく、豊富な実例を元にわかりやすく説明されている本で、たしか発売当初(2007年)のベストセラーになっていたと思います。
自分は昨年、経済学関連の書籍を扱う読書会に何度か参加したことがありました。この読書会では行動経済学の書籍を多く取り上げており、自分が読んでいる経済学の本も行動経済学に偏っているのですが、本書はどちらかというと古典経済学寄りになるのではないでしょうか。

タイトルの「スタバではグランデを買え」は、どの飲み物でもグランデサイズはレギュラーサイズの2倍の量が入っているのに対し、価格は100円しか違わないので一定量あたりの単価が安くなるという顧客側のお得感と、レギュラーとグランデでは1杯あたりの原材料費は数円から数十円しか違わず、1杯あたりの人件費やその他経費もほとんど変わらないことから、店舗側にとっても有利であると述べています。
本書の中では一番わかりやすい事例で、わかりやすいがゆえにページがあまり割かれておらず、タイトルに持ってきた話題の割に内容が薄かったように思いました(誰も不快にしないという意味で、この事例をタイトルに持ってくることは悪くないのですが)。

豊富な事例の中に、新聞や雑誌からの引用が多くなされていることに気がつきました。新聞も1紙だけではなく、日経と朝日が多いのですが、おそらく作者はほぼすべての新聞に目を通しているのだと思います。自分の足で得た情報も多く、座学やネットに頼る文章と違って内容に説得力があります。
たとえば、一物二価のとき、安いほうの価格で買って高いほうの価格で売り、差額を利益とする「裁定取引」は経済学の基本ではあると思うのですが、理論だけではなかなかぴんと来ません。ここに還流(逆輸入)CDの実例を持ってきたことで、非常にわかりやすい説明になっていると思います。ただ裁定取引の説明が最初のほうにあり、還流CDの実例が終章におかれてしまって分断されてしまったので、そこがちょっと残念でした。

日本語では「時は金なり」、英語では「Time is money」ということわざがあります。本書を読んでまず感じたのはこのことわざで、時間は有り余っていてもお金がない学生時代は費用をかけないことを最優先していたのに対し、いまは場合によっては時間をお金で買うような行動を取ることも少なくありません。
時間や労力がコストであると考えれば、そういった行動も納得がいくものでしょう。当たり前のことではあるのですが、ものの価値を決めるのはお金だけではないということですね。

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2011年5月 8日 (日)

[読書メモ]斎藤広達『MBA式「無駄な仕事」をしない技術』

MBA式「無駄な仕事」をしない技術(斎藤広達)

「MBA式」とタイトルにはありますが、あまりMBAは関係ないな、というのが第一印象。作者がMBA(米国の経営学修士)を取得しており、自身の一連の著書に「MBA式」をつけているから、以上の理由はないのかもしれません。この書籍の出版は2005年1月で、店頭に出てきたのは2004年末でしょうから、その時期にはMBA取得者が日本には少なかったという事情もあるのでしょう。「MBA式=斎藤氏の著書」というブランドイメージ作りにも有効かと思います。

「無駄な仕事」を定義するにあたって、仕事を2軸で4つに分割しています。自分が知っているのは(といっても『7つの習慣』の受け売りですが)、緊急度と重要度の2軸で分割し、「緊急度は低いが重要度が高い」仕事を重視せよというものですが、ここでは「成長につながる」と「実績が出せる」を2つの軸に取っています。
自分の成長につながるが、実績は出しづらい。つまり新しい分野へのチャレンジがここにあたりますが、困難やリスクをとってでも積極的に挑戦するべき部分ということになります。わかっていても手を出しづらい部分なので、意識しておく必要はあるかと思います。

企画やプレゼンに関わる部分、なるほどと思いました。自分もそうなのですが、どうしてもあれもこれもと詰め込みたくなってしまうので、分量ばかり増えてしまって内容が今ひとつ伝わらないものを作ってしまいがちですが、一目でわかるメッセージをぶつける、アイデアは一度書き出す(アウトプットする)、他人の知恵を借りるなど、よく陥りがちなところを押さえてくれていると感じます。

そして、サンクコストの考え方。英語の綴りに戻すとsunk costで、sunkはsink(沈む)の過去分詞ですから、沈んでしまって取り戻せなくなったコストのことをいいます。本書ではバス停で待たされた例を挙げていましたが、自分も似たような経験があります。
大震災の日、ようやく動いた地下鉄で帰宅したのですが、乗換駅で入ってくる電車はすでにすし詰めで、2時間待っても乗れない状態。さらに待つか、あきらめて歩いて帰るか、歩くなら今までの2時間は何だったんだと考えるのか。ホームで待たされた2時間をサンクコストとして整理できるかどうかが、人によるのではないかと思います。
(ちなみに、あきらめて歩いて帰りました。2時間ほど歩いて同じ路線の5~6駅先の駅では深夜と言うこともあり、混雑もそれほどではなかったので、そこからまた電車に乗りましたが。)

今日で連休も終わり、明日からまた日常が戻ってきます。仕事のやり方を大きく変えることはないかと思いますが、意識を高く保っていきたいと思います。この本にあった「午前2時間、午後2時間の仕事術」は、勤め先が朝の2時間を集中タイムとして用意してくれていますので、環境の半分は整っているといえます。そういった環境をうまく使って、自分自身今後も成長を続けたいと考えています。

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2011年5月 7日 (土)

[読書メモ]阪本啓一『企画心』

企画心(プランニング・マインド)―わかった!ホンモノの企画書の書き方(阪本啓一)

個人的に、「企画」には興味があります。
IT関連の仕事を15年続けていて、そのほとんどがすでに企画されたものを実現するための開発作業でした。開発作業が嫌いだとかダメだとかいうわけではないのですが、自分で自分が作りたいものをゼロから考える、企画の部分から1つのサービスに関わりたいと常々思っています。

実は、1度、企画段階から製品に関わったことがあります。
経験してわかったのですが、企画の際に考えていたことと、製品になったものとは大きく異なり、イメージしたものがそのまま形にはならないものです。それはいろいろな人の意見を取り入れた結果であったり、実装作業中の困難で仕様変更を余儀なくされたりした結果ではあるのですが、自分がその企画にどれだけ思い入れがあったのか、という根本の部分で失敗していたのかもしれません。

そういう経験もありますし、根がまじめすぎるというか、固定観念にとらわれすぎている部分がありますので、阪本氏の本書は「わかってはいるけれど、できないだろう」「できるかもしれないけれど、やらないだろう」という感覚を持ってしまいます。
決して無茶なことは書いていないし、これができれば誰でも企画者になれるように思います。
でも、なぜ自分にはできないと思うのか。
答えは単純で、自分の行動力の小ささを知っているから。インターネットという便利な道具にかまけて、ましてや無駄足を踏みたくないからと行動をとどめてしまう自分に、どんな企画ができるでしょうか。あらゆることをやりきったという感覚がない企画を、どれだけ企画者自身が信じ切ることができるでしょうか。
企画も仕事のひとつとしてとらえるなら、まだ仕事に本気になりきれていない部分があるのだろうと思います。

興味深かったのが、「自分がこうしたい」という企画への情熱(おもい)と、その企画を売り込むために「他者に受け入れてもらう」ことの矛盾というか、ギャップの埋め方。感覚的な部分も大きく自分自身受け取り切れているのかわかりませんが、売るために企画するのではないが、企画を売るように伝えなければいけないというところ、表現力やコミュニケーション能力が問われてきます。

巻末に、行動リストが掲載されています。日常的に新しい企画が出せる人は、これらの行動が躊躇なく行えるのでしょうし、行動の中から新しい気づきを生み出しているのでしょう。この点が、作者と私との違い、企画できる人とできない人との違いということになっているのではないかと思いました。

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2011年5月 5日 (木)

[読書メモ]田坂広志『これから働き方はどう変わるのか』

これから働き方はどう変わるのか―すべての人々が「社会起業家」となる時代(田坂広志)

「社会起業家」という言葉が使われていますが、本書ではNPOなどをイメージさせる、私たちが普段使う意味(狭い意味)で用いているのではなく、「社会」は私企業、営利企業を含めた自分たちが生活し働く環境全体、「起業」は社内でネットなどを活用して新しい事業を興すことを含めた、非常に広い意味でとらえています。

前半では働きがいを失った社会について述べています。本書の出版は2003年で、小泉改革のさなかにあたります。働き方という面では、小泉・竹中の構造改革により、多様な働き方が一般的になるなど一定の成果を上げた反面、新自由主義の台頭を許し、働く目的がもっぱら金銭や資本の追求となってしまった時期でもありました。
自分が何のために働いているかというと、生活のためでもお金のためでもなく(もちろんある程度の報酬は必要ですが)、自分の手がけた製品やサービスを多くの方に使ってもらい、皆さんに喜んでもらいたいというのが第一にあります。誰しも同じような理想を持って働いていたと思うのですが、不況が長引くにつれて本来の働く目的を忘れ、わずかな報酬のために仕事をさせられているという考え方に陥ってはいないでしょうか。
そもそも「働きがい」とは何なのか、自分自身にももう一度問いかけています。仕事の対価ではなく、仕事そのものに喜びを見いだしている状態、別の本の言葉でいえば「モチベーション3.0」でしょうか。それとも、仕事の成果としてできあがった製品やサービスで、お客様に喜んでいただけることでしょうか。あるいは、仕事を通してえられる経験、スキル、能力の向上を実感できることでしょうか。答えがこの中の1つとは限らないと思いますが、改めて考えてみたいと思います。

後半は(本書で言う広い意味での)社会起業が必要となる理由と、将来の社会のあり方について。本書出版の時点では、バブル崩壊以降の「失われた10年」と構造改革の結果、投資家や株主が力を持ち、企業で働く人間は立場をさらに弱くしてきていました。その後、日本ではライブドア事件、米国ではリーマン・ショックが発生し、行き過ぎた新自由主義に修正を迫られるようになっています。
その結果、何が残ったか。働く目的がすべて失われ、働きがいも取り戻すことができず、仕事の意味について思考停止してしまった人が多くなってしまったように思います。リーマン・ショック後に「ニューノーマル」という概念が現れ、市民の生活は金銭的な部分でレベルを下げました。その代わりに得たものがあるのかどうか、あるならそれは何なのか、ここがまだ明確になっておらず、「以前のような好景気は期待できないから生活レベルを下げる」という守りの方向に入り、成長する意志を失ったようにも感じられます。

これからの社会は、社会起業とは異なる方向に進むのかもしれませんが、自分の生活をどうしていきたいのか、このまま何もしないで年老いていくのを待つだけが人生なのか、今一度考え、自分なりの答えを出し、行動したいと思います。

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2011年5月 3日 (火)

[読書メモ]ティナ・シーリグ『20歳のときに知っておきたかったこと』

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