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2011年7月

2011年7月25日 (月)

[読書メモ]茂木健一郎『国がダメでも「脳」がある』

国がダメでも「脳」がある 自分を〝高度成長〟させる55のヒント(茂木健一郎)

脳科学者・茂木健一郎氏の最新の著書です。書店で平積みにされていたのですが、タイトルに惹かれて購入してしまいました。
タイトルに込められた著者の考えが、自分のそれと共鳴した気がしました。つまり、この国の将来、そして世界の未来を案じる人は多いのですが、自分自身をそこから切り離して成長することが今の私たちに必要なのではないか、という感覚で、作者と共感できるように感じたのです。
会社が、景気が、政治が、などなど、自分が満足する成果を上げられない理由を外部に求めることは簡単ですが、それではいつまでたっても成長することはできない、というのが1点。もう1点は、「国がダメ」とタイトルに明示して、国への期待を断ち切ったことです。

この書籍は発行日が今年の3月30日となっていますが、本文では東日本大震災について全く振れられておらず(偶有性や予想外の出来事の事例に、2010年からのギリシャ財政危機や2001年の米国同時多発テロが上がっていますが、東日本大震災への言及はありません)、震災前に原稿ができていたものと思われます。
震災前後でいろいろな変化はありましたが、日本という国の本質は何も変わらなかったといえます。政府は問題を先送りし、国民は痛みを恐れて責任を国に丸投げし、マスメディアは前者横並びで、政治批判を繰り返すのみ。天災は誰かが原因で起こったものではありませんから、それを機に自分たちの行動や思考を改めるのは難しいのですが、これでは「国がダメ」と断じられても仕方がないと思います。

話がそれました。結局のところ、日本に住んでいる以上、周囲の環境がリスクを回避する傾向にあることは間違いなく、周囲と同じようにリスクから逃げていては成長は望めない、ということです。
常にリスクのある行動をとり続けなければいけないのかどうか、私にはわからないし、自分もそこまではできていないと思います。ですが、リスクを取らなければいけない状況が目前に現れたとき、リスクを承知でその状況に立ち向かう覚悟は必要なのではないでしょうか。
「偶有性」という言葉が、本書には何度か現れます。哲学には詳しくないので正確な定義には触れないでおきますが、本書では「半ば必然、半ば偶然」というくらいの意味で使われています。これまで私たちは偶有性を避け、必然に起こることを選んできましたが、その結果が問題の先送りと責任回避となってしまったといえます。偶然を楽しむくらいでないと、これからの私たちは生きていくことさえおぼつかないのではないかと思われます。

「はじめに」にあった「ディカップル」という考え方、本書では環境と自分を切り離すという意味で使われていますが、これも個人の成長には大事だと思いました。自分の所属や肩書きに縛られ、自由な発想や行動ができないとすれば、せっかくの能力を生かし切ることができず、不幸だと思います。
また、環境から自由になって行動することで、多くの人に出会うことができ、多くの人に出会うことでいろいろな人格の内部モデルができるとあります。多くの内部モデルを持つことは、思考の多様性を認めることにもつながり、自分自身の思い込みを少なくすることができるということになります。昨今よく見られるコミュニケーション不全は、ある物事を自分の視点からしか見ることができず、それ以外の考え方を排除してしまうところに多くの原因があるように感じていますが、その背景には内部モデルが少なすぎるということがあるように思います。
グローバル化の時代でもあります。誰の考え方が正しい、というのではなく、いろいろな考え方に触れることで、物事を多面的に見ることが、これまで以上に求められるでしょう。

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2011年7月22日 (金)

[読書メモ]福島正伸『どんな仕事も楽しくなる3つの物語』

どんな仕事も楽しくなる3つの物語(福島正伸)

2008年の発刊で、発売されてすぐに何かのきっかけで勧められて購入したのですが、そのきっかけが何なのか忘れてしまいました。最初に入った会社に十数年いて、転職するかどうか迷っていた時期ですから、仕事の楽しさを思い出すために買ったのだと思いますが。

タイトルにある「3つの物語」が導入で、駐車場の管理人、タクシー運転手、ペンキ屋さんの3人が登場します。職業に貴賎はありませんが、いずれも資格の必要な職業でもなければクリエイティブな職業でもないとはいえるでしょう。一見、楽しい仕事ではないように思えるものの、彼らは最高のやりがいを持って、それぞれの仕事にあたり、それがお客さんや周囲の人を巻き込んで感動を呼びます。
後半は、この導入を踏まえて、仕事を楽しくする、仕事を感動に変えるための方法について示されています。自分に与えられた仕事の意味を考える、というのは、できているようでなかなか難しく、ややもすれば「やらされている」と感じてしまいます。こうなると仕事にやりがいが見いだせないだけではなく、上司の顔色をうかがい、自分が属する組織のために仕事をこなしてしまうことになってしまいます。官公庁や大企業などが、内向きの仕事をしていると批判されることがよくありますが、中で働く人が仕事の目的や意味、顧客にもたらすメリットを忘れ、仕事をやらされるもの、こなすものと感じている結果ではないかと思いました。

この本を読んだ感想は、前向きなものと後ろ向きなものの、大きく2つに分かれるかと思います。
「自分の仕事は小さなものだと思っていたけれど、そうではなくて感動を与えられるものなのだ」「問題の原因を自分自身に見いだし、あきらめず挑戦を繰り返すことで、必ず目標を達成することができる」というポジティブな考え方。本書で論じているのは、もちろんこちらのほうです。
「いわれていることはそうなのかもしれないが、実践するだけの時間もコストもない」「理想論を語られても困る、現実を見てほしい」というネガティブな考え方。本書で対象としている読者の姿ではありますが、読後もこの考えが変わらないという人もいるだろうとは思います。
自分も、この両方の意見を同時に持ちました。自分の半分、頭の部分では、仕事に対する意識が受け身になっていた部分を、この本を読んだきっかけに変えていこうと思っているのですが、残りの半分、心の部分では、本書と自分の間に壁を作って受け入れようとしていません。とはいえ、まずは形から入っていくことで意識付けができることもありますから、自分の仕事の意味を考え、いい加減な仕事をすることで誰かに迷惑をかけるということを肝に銘じておきたいと思いました。

以前にも何度か書いていますが、仕事における、私の今年の目標が「本気の仕事をする」、勤め先の経営理念の第1番目が「仕事を楽しむ」です。
本書にも書かれていますが、「本気」と「楽しむ」は同じ意味。本気で取り組むからこそ、楽しみを見いだせるのですし、楽しいことだからこそ本気で取り組めるともいえます。38年生きていて、まだ何事にも本気になりきれていないように感じていますが、これからでも遅くはないでしょう。周囲からの期待も大きいですし、緩んだ気持ちを引き締め直して、また走り出したいと思います。

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2011年7月20日 (水)

[読書メモ]養老孟司『バカの壁』

バカの壁(養老孟司)

本書は2003年に出版され、「バカの壁」という言葉が(本来の意味を離れて)流行語になったことを記憶されている人も多いかと思います。古本として数年前に購入していたものを、読まずにそのままにしていたので、かなり流行遅れになってしまいましたが、読んでみました。

本書全体を通す軸は、「常識を疑う」ことということになるでしょう。私たちが、たいした吟味もせずに正しいこと、よいこととしていることを、作者は痛烈に批判していきます。それは私たちが常識と呼んでいることそのものであったり、その社会の仕組みに沿った形で「個性を伸ばせ」という教育や社会の方針であったり、共同体自身を守るためにしか存在していない共同体であったりと、日本の悪癖と呼べるものが、ことごとく対象となっています。これらの観念を閉じ込めているものこそが、「バカの壁」として作者が意図したものではないでしょうか。

「情報」の取り扱い方が、8年前も斬新でしたでしょうし、今でも新しさを感じます。いわく、人にある情報xを入力として与えると、yという反応が現れたとき、脳内の係数aを用いてy=axという式で両者の関係を表すことができます。厳密に言えば一次関数ではなくもっと複雑なのかもしれませんが、ある情報に対しては全く反応を示さないa=0の場合や、逆に唯一絶対のものとして反応してしまうa=無限大の場合を考えることができます。
a=0であれば、無視、無関心、あるいは敵対のように、与えられた情報に対して何ら反応を変えません。上司や先輩の指摘に対しa=0の態度を取ってしまうような人は、会社ではやっていきづらいでしょう。また逆に、特定の情報に対してa=無限大、または非常に大きな値の場合は、原理主義的な考え方となり、特定の思想以外を受け付けないことになってしまいます。
様々な情報に対し、情報ごとに適切な係数aを取ることが望ましいわけですが、デジタル社会で生きているとaがいくつならば最適なのか、ということを考えてしまいます。おそらくそうではなく、極端に上にも下にも振れない、ある範囲内であればよいのだろうと思いますが。

もうひとつ、情報が不変で人間が変化する存在であるという、世間の常識とは逆の言説がおもしろく感じました。方丈記の「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず、世の中にある、人とすみかと、またかくのごとし」を、情報(=河)は不変と解釈されていたのには、なるほどそういう考え方もあるのかと思いました。方丈記や平家物語など、古典は人間のはかなさをうたうものが多いのですが、現代人は人間のはかなさを忘れてしまっている部分があるようです。
逆に、一度公開された情報は、いつまでもその形でとどまり続けます。たとえば本書が出版されてから8年になりますが、その間に内容が変わるということはないでしょう。時代とともに解釈が違ってくることはあるかもしれませんが、それは読み手(人間)が変化したのであって、本の内容(情報)が変化したわけではないということですね。

全体的には、作者が言いたいことがわかりづらい部分もありました。ですがそれは、養老氏が「自分の考えはこうだ」という押しつけをせずに、答えを私たちに考えさせる意図があったのかもしれません。
また最後に一元論の限界を取り上げ、二元論(「多元論」と呼ぶべきかもしれません)の可能性を示していましたので、世の中の問題に対する正解は1つではなく、いくつも答えがあるべきだし、作者自身がそのうちの1つを推すことはできないという立場ではなかったでしょうか。
読後感はすっきりせず、むしろもやもやしたものが残りましたが、そのもやもやしたものが何であるかを考えてみることこそが、「バカの壁」を超える方法のひとつである、といえるかと思いました。

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2011年7月17日 (日)

[勉強会]2011/7/17 書店内カフェで読書会@大宮

○コミュニティ名:本を共に読んで活かす会@大宮
○名称:7/17(日) 書店内カフェで読書会@大宮
○日時:2011年7月17日 10時10分~12時
○場所:ブックス&カフェ UCC そごう大宮店Googleマップ
○参加者:4名

今回紹介された本は、以下の4冊。
人数が少ないのと、妻が興味を持っていたので、妻にも参加してもらったのですが、狙ったのかどうか、結婚関連の書籍も紹介されました。

心を整える。(長谷部誠)
人生がときめく片づけの魔法(近藤麻理恵)
明治大学で教える「婚育」の授業(諸富祥彦)
できる大人の“一筆添える”技術(むらかみかずこ)

『心を整える』と『一筆添える技術』は以前このブログでも紹介しましたので、ここでは残りの2冊について書きます。

『片づけの魔法』はベストセラーにもなりましたが、自分が片付けが苦手で、その分あえて避けていた1冊でもあります。やればいいのはわかっていても、できないことというのはあるじゃないですか。自分にとって、部屋の整理整頓がそれにあたるので、情報を得ることからも逃げてしまっていました。とはいえ、いざこのように自分が主催している読書会で紹介されて、しかも妻もこの場にいるので、もう逃げようがありません(汗)。
いらないものは捨てる。いつか使うと思うものは、実際にはずっと使わないと知る。あらゆるものの定位置を決めて、使ったらそこに戻す。わかっていてもできないことではあるのですが、ひとつだけ、「『マツリの片付け』と『日常の片付け』を分ける」というのには納得がいきました。一度きちっと整理してしまい、そこから動かさないと決めれば、確かに楽になります。
とはいえ、自分の周りはいろいろなモノであふれかえっていますので、その状態まで持って行ける日が来るのかどうか。会社ではできているのですが(資料や私物が少ないし、整理整頓が全社的に徹底されているので)、家では強制力を持った何かがいるわけではないし、うーん。

そして『婚育の授業』。1つの事件が起こりました。
「婚活」ではなく「婚育」であり、教育の側面がある言葉です。そして結婚とは過程という経営体を夫婦で共同して作り上げていく作業であり、そのために必要なのはコミュニケーション力だという流れになっています。
今回はワークまでは行きませんが、自分の重視する価値観を、与えられた10個くらいの選択肢から3つピックアップするのを、各参加者が答えていきました。もちろん、価値観が近いほど、夫婦としてやっていきやすくなるわけです。
自分は5つくらいの中から迷ったのですが、
私「3つだと、『趣味』『好奇心』『社会への貢献』くらいですかね」
妻「なんで私が答えようと思ったのを真似するのよ!(笑)」
……大事件。まさかの似たもの夫婦。
妻と自分が金銭感覚が近いのはつきあい始めたときに一緒に買い物に行って知っていたし、そこは結婚にあたって重要だと思っていましたが、ほかの価値観がこれだけ近いのには自分でも驚きました。むしろ、重視する価値観は離れていて、すり合わせるのが自分たちの課題かなと思っていたくらいなので。

4人しか集まりませんでしたが、私たちも含めて全員埼玉県民でした。こういった読書会は東京都内ではかなりの数開かれているのですが、同じ首都圏でも都心を離れて開催することで、新たな参加者層を確保することもできますし、埼玉で開催する意味はあると思っています。
また、大型書店の隣にあるカフェで、その書店から購入前の本を持ち込みが許可されているくらい距離が(物理的だけではなく、経営的にも)近いところで開催していますので、紹介された本をすぐに買えるという意味でも、この試みを続けていきたいです。

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2011年7月14日 (木)

[読書メモ]長谷部誠『心を整える。』

心を整える。 勝利をたぐり寄せるための56の習慣(長谷部誠)

サッカー日本代表のキャプテンをつとめ、ドイツのヴォルフスブルクで主力選手として活躍している、長谷部選手の著書です。
サッカーの話は当然出てきますが、技術や戦術の話はほとんどなく、試合や日常生活における心の持ち方に、多くのページを割いています。

長谷部選手は昨年のワールドカップで、岡田武史監督に開幕直前にゲームキャプテンを言い渡されました。人を率いる力ではなく、常に冷静さを失わず、チームをまとめる調整型のキャプテンだと言えるでしょう。岡田監督や前キャプテンの中澤佑二選手とは違うタイプで、チームが苦境にあっても冷静さを失わず、全員が一丸となって前を向ける力を与えてくれるのではないかと思います。
また、長谷部選手は、未来を嘱望されたスター選手ではありませんし、経歴はむしろ地味なほうかもしれません。そんな選手が多くのタイトルを獲得し、日本代表でも欠くことができない存在となったのは、おそらくは不断の努力と、絶えず挑戦を繰り返してきた結果だと思います。もっとも、本書にも書かれているように、当人は努力を評価してもらいたいとは、全く思っていないでしょうけれど。

最初に書かれている、「心を鎮める時間を作る」ことは、非常に共感しました。私の場合、仕事や日常の忙しさ、あるいは常に動いていないと自分の成長が止まってしまうという焦りや不安がありますが、ときには立ち止まって自分を見つめ直す時間が必要なのかもしれません。別の本にも同じようなことが書かれていましたし、若きトップアスリートがこうやって自らを振り返る時間を作っていることに、素直に驚かされました。

そして、「常に挑戦を続ける」姿勢にも、強く心を動かされました。
選択に迷ったら、自分をより成長させてくれるほうへ。また、易きに流れることは、自分を信頼してくれる人の期待を裏切り、迷惑をかけることになる。余談になりますが、ついこの間、仕事で確認を手抜きしてミスを起こし、関係する皆様に迷惑をかけてしまった身としては、非常に耳の痛い話です。

最後に、自分に言い訳をしない、楽な方向に逃げないというのはよく言われますが、それは全く自分のためだと理由付けしていることがほとんどです。ところが長谷部選手は、楽なほうに逃げると「周囲に迷惑をかける」と書いていて、その点に新しい気づきを得ました。
自分のために自分を律するのは、非常に強い心が必要になります。ともすると自分に負けてしまい、結局は楽なほうに逃げてしまいます。ですがこれを周囲のため、他人のためと思って行動すると、意識付けが非常に高くなるのではないか、少なくとも自分はそうだと感じました。
この域に達するには、まだまだ自分は心が弱すぎますが、一歩一歩前進して行ければと思っています。

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2011年7月10日 (日)

[勉強会]2011/7/9 第16回 ビジネス雑誌勉強会 in 東京

○コミュニティ名:ビジネス雑誌読書会 in 東京
○名称:【7/9(土)】第16回 ビジネス雑誌勉強会 in 東京【10時~】
○日時:2011年7月9日 10時~12時
○場所:エクセルシオールカフェ 永田町店Googleマップ
○参加者:5名
○課題書:
日経ビジネス
6月27日号「事業仕掛人 こんな社員が市場を拓く」
7月4日号「安全の値段」
ダイヤモンド
7月1日号「仏教・神道 大解剖」
7月8日号「改訂 総予測」
週刊東洋経済
6月30日号「グローバルエリートを育成せよ」
7月7日号「ニュースが分かる経営学」

『東洋経済』のグローバル人材、『ダイヤモンド』の改訂総予測に興味を持った参加者が多く、この2つが大きく取り上げられました。

グローバル人材については、日本国外の大学への入学や留学をする日本人が全然少ないこと、そして日本と外国の大学の違いについていくつか考えさせられることがありました。よく言われる話ですが、日本は大学でも講義形式で、授業中は話を聞くことが主で、外国では討論など自分で話をすることが求められるという違いがあります。また、外国の大学はその大学ごとに強い個性があり、自分のやりたいことによって入りたい大学が決まってくる部分がありますが、日本はむしろ偏差値がどうかという単一の物差しでの比較で大学を選んでいるかと思います。
また、東京大学が入試時期はそのまま、入学を半年ずらして秋からの年度を採用することを検討しているというニュースが出ました。ヨーロッパの大学では入学決定から実際の入学まで1年ほどの「ギャップイヤー」をおき、その間に外国で学んだりインターンやNPOで働いたりするなどの経験を積むようにしていますが、もし秋入学が定着した場合、日本でも同じようなことが起こるでしょうか。起こってほしいのですが、コンビニや居酒屋のアルバイトで半年使ってしまうような気も、しないでもありません。

ダイヤモンドの「改訂 総予測」は、2010年末に特集した「総予測」を、東日本大震災で大きな変化が起こった部分も含めて再検討したものです。
東日本大震災を機に、日本は生まれ変われるし、変わらなければならないという論調をよく耳にします。ところが現実は、東日本大震災のインパクトでさえ、日本を変えることはできなかった、という事実から目を背けるわけにはいかないでしょう。
同誌38ページで、米倉誠一郎氏が日本は「10分の1の電力で暮らせる社会を作ると宣言すれば」、51ページで夏野剛氏が「団塊の世代以上が全員引退すれば」日本はよい方向に変化できると書かれていますが、現実には起こりようがない。というより、「2020年までに温暖化ガスを25%削減」「2020年代に自然エネルギーを20%に」という首相の宣言ですら実現不可能と無視されているのに、それ以上に実現不可能な宣言を出して何になるのかと。
そういう意味で、私は日本が変革できる可能性については悲観的です。誰が政権を取ろうがこのままの政策が続いて、国債を乱発し続けて、危険水域とされる個人資産の総量を超えても状況は大きく変わらず、だましだまし生きながらえていくのでしょう。国や社会がこのような状態ですから、個人個人は周囲に流されず、自分のできる範囲で改革していくことが、これまで以上に求められているといえます。

そのほかにもいくつかの話題が出ました。公共図書館の話(おそらく「事業仕掛人」の流れからだったかと)では、税金を使わず民間が同じような事業をできないか、ヒルズアカデミーのように、会費制なら現在も存在するが誰でも使える施設としては無理ではないか、いや電子書籍なら可能性はあるかも、といった話。
個人的には、図書館が24時間開館してくれればうれしいのですが、コストやデメリットが大きくて、なかなか実現には移せない、検討もできていないというところなのでしょう。

また、『「ワンピース世代」の反乱、「ガンダム世代」の憂鬱』という本の紹介もありました。私はガンダム世代(少し下ですが、意識はこちら)、主催者はワンピース世代で、世界のとらえ方の違いが少しずつあるのかもしれないと思いましたが、そのあたりはまた改めて書くことができればと思います。

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2011年7月 9日 (土)

[勉強会]2011/7/9 新聞記事で朝食会@日本橋

○コミュニティ名:新聞記事で朝食会~Let's朝活~
○名称:7/9 新聞記事で朝食会@日本橋
○日時:2011年7月9日 8時10分~9時10分
○場所:カフェ・ラ・コルテ 日本橋店Googleマップ
○参加者:3名

久しぶりに、8時に都心に出てきました。前の勤め先の始業時間が8時だったので、ほとんどそれ以来なのですが、朝が苦手なので大変です。

参加者3人ということで、提示された記事も3つなので、まず列挙します。
・原発問題とエネルギー政策、九州電力の「やらせメール」問題(7/9日経、読売)
・1970年代後半生まれの非正規雇用が増加(7/8毎日)
・初心者向けの宿坊ランキング(7/9日経プラスワン)

九州電力の「やらせメール」ですが、企業の営業活動として自社サービスを従業員や協力会社を通して宣伝するのは、多かれ少なかれどこの企業でもやっていることでしょう。昨今の報道では、企業活動と、原発推進施策への反対意見とをごっちゃにしてしまっている感があり、冷静な議論が求められるところかと思います。
(仮定の話として、九州電力が脱原発の立場を示しており、その立場からの意見を協力社員などにお願いしたとしたら、同じ批判が起こったでしょうか。)
自分の考えとしては、可能なら脱原発ですが、現状ではまだコストや技術的な問題が山積みで、無責任なことはいえないだろうという立場です。自分が政策を出せるのなら、自然エネルギーの開発に力を入れるように方針を作っていきたいと考えています。
朝食会での場では、メタンハイドレートやシェールガスなど、これまであまり使われてこなかった資源への可能性も出てきました。メタンハイドレートは、震災後はあまり話題になっていないのですが、次世代のエネルギー源として期待されており、安全かつ安価に採掘する技術が開発されればエネルギー政策が変わると思われます。

非正規雇用の話題。自分は1973年生まれの団塊ジュニアですから、今回記事に取り上げられたよりは少し上の世代となります。自分が大卒で就職活動をしていたときは、ちょうどバブルがはじけたときの就職氷河期で、大変なのは大変だったのですが、それ以降の世代はもっと大変になってきているわけで、自分の経験で話をするのは難しいと感じます。
1970年代後半生まれは、すでに30代になっていますから、現在までに正社員としての経験がないと、これから正社員としての職を得るのは非常に難しくなっています。正社員となるには、ハローワークで職業訓練を受けるか、紹介予定派遣社員として働くか、という形になるかと思います。このように選択肢が限られていることも、非正規雇用が増加し深刻化する要因になっているものと思われます。
自分は正社員として働いていますが、正規雇用も有期契約として、労働力の流動化を進めるのも1つの方法として考えられるのではないかと思っています。影響は大きいでしょうし批判も強くなるかと思いますが、正規と非正規との雇用の格差を小さくし、かつ働く意識を明確化する方法として、検討する余地はあると思っています。

宿坊は、日常を離れる意味でおもしろいかと思います。記事の写真には外国人が座禅に参加しているのも出ていて、国際化していることも感じました。
どこか神社に行ったことがありますか、と聞かれて「鷲宮神社」(埼玉県久喜市、自宅からは電車を乗り継いで1時間強)と答えたわけですが、この神社はマンガ『らき☆すた』の舞台として有名になり、自分もそれ目当ての「聖地巡礼」としても参拝しています。とはいえ、鷲宮神社は非常に由緒のある神社で、今年のはじめにはまじめにお祓いをしてもらいに行きました。
日常を離れるほかにも、日本の良さを再確認する意味もあるかと思います。普段は仕事で忙しく、また生活は欧米化しているので、日本人としての心の持ち方を失いかけている部分もあるかと思います。歴史に触れるというと大げさかもしれませんが、日常を離れて歴史あるものに身を委ねることで、自分の本来の有り様を考え直す機会になりそうです。また、断食道場を開いている寺社もあると聞きますので、心だけではなく身体の健康をとりもどすのも、よさそうです。

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2011年7月 6日 (水)

[読書メモ]ポール・スローン『ポール・スローンの思考力を鍛える30の習慣』

ポール・スローンの思考力を鍛える30の習慣(ポール・スローン)

頭の中の話ではありますが、いわゆるメンタルや心理学ではなく、純粋に「考え方」の本です。
いろいろな場面で、私たちは思考の枠にとらわれ、思い込みから抜けられなくなっています。思考の枠は、問題解決を速やかに行ったり、過去の事例に倣ったりするときには有用ですが、これまでになかった解決策や考え方を導き出すときには、邪魔になってしまいます。
そういった思考の枠を外すことはできなくても、その存在に気づかせてくれるのが、この本だといえます。

作者のポール・スローンは、「ウミガメのスープ」でも有名です。有名です、といいながら自分がこの問題を知らなかったのですが、ネットに上がっていた解説を見てなるほどと思いました。ウミガメのスープの問題も、発想の枠を外さないと正解にたどり着けないでしょうから、本書にも共通するものがあります。

本書には思考力を広げ、あるいは深める30パターンの方法が示されています。そのうちのいくつかは実践しており、いくつかは実践できていないまでも知っていましたが、自分にとって初めて知る内容もあり、こういう考え方や方法もあるのかと感心しました。
そのうちの1つが、7章「平行思考」の6つの帽子で、議論に参加している全員が、議題への取り組み方を一致させるために、色ごとに意味を持った6色の帽子をかぶるというものです。「平行思考」そのものの定義は本書に出てきませんでしたが、ある意見に対して批判的に物事を考えていく対立的な思考法と対照的に描かれているので、意見を対立させず、全員が同じ方向をむいて議論する思考法ということになりそうです。

よく似た言葉で、「水平思考」(9章)というのもありますが、こちらは思考の枠の中で考える「垂直思考」と対になる言葉で、思考の枠を超えて自由に発想することを指しています。水平思考が簡単なようで難しいのは、誰もが思うとおりでしょう。
水平思考の代表的なパズル集としては、多湖輝教授の「頭の体操」シリーズが知られていると思いますが、自分の場合は多くの問題と答えを覚えてしまったので、「頭の体操」が思考の枠になってしまい、あまり水平思考の役に立っていません。水平思考は数をこなせばいいというものではなく、頭の中のパラダイム転換が必要で、それゆえ難しいのだと感じます。水平思考が日常的にできる人にあこがれますし、そういう人がアイデアメーカーになれるのだろうと思います。

自分は発想力が足りないと感じていますし、それでも企画をやりたいと思っていますので、これからも鍛錬が必要な部分です。
思考の枠を外し、自分の限界を破り、新しいステージへ上っていきたいものです。

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