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2011年8月

2011年8月29日 (月)

[読書メモ]平川克美『経済成長という病』

経済成長という病(平川克美)

難しい本です。経済哲学と呼んでもいいかもしれません。

著者は表面的にはサブプライムローン問題、リーマンショックに端を発する金融危機を取り上げ、経済が暴走する様子を批判しているように見えます。本書で著者が書いているように、本来の商売とはモノやサービスと金銭との交換で、それが経済を構成しているべきモノだという考え方には賛同します。
ですが現実には、実態のない金融商品に値段がつけられ、その値段に根拠がないことが露呈して価値を失うという現象が起こっていました。本来の金融商品は、現物(実際のモノ)の相場が乱高下して大きな金銭的損失を被るリスクを小さくするために考えられた商品でした。それが本来の意味を離れ、投機としてお金を生む手段と変容したことが、今回の金融危機を生んだといえるのではないでしょうか。

ですが作者が批判したいのは、そんな表面的な部分ではないでしょう。現代社会が大前提としている、「経済は成長しないといけない」という概念をも疑ってかかっています。経済成長を追い求めてきたことで、私たち現代社会に住む人は皆、もっと大事なものを失ってしまったのではないか、という主張が見えます。
私たちが何を失ってしまったのか、どうあるべきなのかは明確には示されていません。そのことが本書の読解を難しくさせているのですが、答えを自分たちで考えていかなければならないのでしょう。作者が答えを隠した意図は別のところにあるのかもしれませんが、自身の見解を示すことで、それが正しいか正しくないかの議論になってしまい、私たち一人一人が答えを考えなくなってしまう、という意識が働いたのかもしれません。

作者は「少子化」という表現にも疑問を呈しています。十分に安全な社会で、産んだ子供の生命が脅かされる可能性が非常に低くなったのであれば、多く子を作る必要はなく、現状の日本が自然な状態なのではないか、むしろこれまでの出生率が異常だったのではないか、ということです。日本の人口は減少に転じていきますが、それは成熟した社会において自然な姿ではなかろうか、そのように論を進めています。
人口減少が自然化と問われると疑問に感じる部分はありますが、政府や自治体が進めている少子化対策が的外れな印象を受けたり、実際に全く成果が上がっていなかったりすることを考えると、少子化問題の根本は、案外作者の意見に近いところもあるのかもしれません。

さて、日本社会、あるいは世界経済は、今後どうあるべきか。社会全体の資産を増やし、経済的に成長していくことだけが正解だとはいえなくなってきているでしょう。日本は東日本大震災の後、お金では測れない幸福や安心といったものに価値観を求めつつあります。米国はリーマンショックから立ち直ったとはいえず、モノを持つよりもシェアすることに意義を見いだす人々も現れてきました。欧州はギリシャの経済危機や、英国の暴動など、やはり先の見えない状態が続いています。
小さい範囲で、自分のことを考えてみますが、お金に頼らない生活を模索していくことが、1つの答えになるのではないかと思います。お金をかけなくてもできる生活や娯楽はありますから、そういったところに着目する。また仕事の上でも楽してもうけようとはせずに、地に足をつけた働き方をしていく、そういったことが求められているのでしょう。

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2011年8月28日 (日)

[勉強会]2011/8/28 第1回プレジデントを読む朝食会。

○コミュニティ名:プレジデントを読む朝食会。 イベント
○名称:プレジデント編集さん3名も参加!8/28(日)9:00-11:30 第1回プレジデントを読む朝食会。
○日時:2011年8月28日 9時00分~11時30分
○場所:帝国ホテル東京1階 ランデブーラウンジ(Googleマップ
○参加者:20名
○課題書:『プレジデント』2011 9.12号「一億稼ぐ人の勉強法」

人生を変えたければ「休活」をしよう!』の大田正文さんが、「プレジデント」の取材を受けたことをきっかけに、大田さん主催で第1回の朝食会が開催されました。
場所は帝国ホテルのラウンジ。大田さんの別の勉強会で何度か来たことがあるのですが、何度来ても高級感に圧倒されます。
自分も「プレジデント」の読書会を開催しているのですが、自分と大田さんの集客力の違いを痛感。真似できるところは真似したいですし、運良く同じテーブルに着くことができました。
そして、今回は編集部の方も参加ということで、編集者と直接お話しできる機会があるというのもうれしかったです。(コネクション作りという意味も含めて…… (^^;) )

1億はともかく、年収500万円か1500万円か(今号のアンケート記事で両者が比較されています)で分類すると自分はどっぷり前者。アンケート記事と、今回の皆さんの話を聞いて、自分に足りないものが何か、見えてきました。
大きく分けて3つですが、目標を持つ、コミュニケーション能力、一流に触れること。一流ものは帝国ホテルで読書会に参加する程度しか縁がないからなあ。いやまじで。

勉強という意味では、目標を持ってやらないと、勉強すること、資格を取ること、読書会に参加することが「目的」になってしまいます。あくまでもこれらは、何かの目標に向けての「手段」ですから、目標なしに勉強を続けても成果が出ないか、自己満足で終わってしまうのではないかなと、最近よく感じています。
コミュニケーション能力は、朝食会の場でも話題に出ました。大田さんも「20代のときに合コンの主催をいっぱいやるといい」とおっしゃっていましたし、結果を残している人、稼いでいる人はやっぱりコミュニケーション能力が優れていると感じますし、実際そうだという話でした。自分が大田さんから真似したい一番のところは、コミュニケーション能力、とくに行動力の部分ですね。営業の経験が少ないし、苦手なので。

編集部の方のお話でも、有意義なことがたくさんありました。
1つあげますと、読者の関心、これは社会の関心に直結しているのですが、10年単位で見ると大きな変化が出ているそうです。具体的には、1990年代は肩書きや出世に関心が強かったのが、2000年代に入ると収入そのものをあげていくほうに関心が移り、2010年代にはお金に頼らない生き方が注目されているとのことでした。
1990年代はバブル崩壊、2000年代はベンチャーブーム、2010年代はリーマンショックと東日本大震災が大きく影響しているのではないかと思いますが、時代の傾向というのは確かにあると思います。自分の場合は会社の方針もあって、自分から手を上げないと役職が得られず昇進の対象になりませんので、肩書きには多少関心があるのですが、次のステップに上がる意志を明確にするという意味での役職ととらえています。先の話と重複しますが、目標をしっかり持って、そのために必要な肩書きというのはあるのかなと考えています。

「プレジデント」という誌名は、直訳すると社長とか大統領という意味になりますから、敷居の高さを感じている参加者が多かったようです。ですが実際には、20代から40代が主な読者層で、中間管理職の読者が多いのだそうです。今回の朝食会で、参加者と編集者の間の意識のずれや、敷居の高さといった部分が解消されつつあるようにも感じました。
自分も、もっと上の世代・役職の人が読んでいるのだと思っていました。雑誌に対する親近感も増しましたし、現場の平社員がチームを率いる立場になるために何が足りないのか、なぜ失敗するのか、といった視点での誌面作りも見てみたいと思いました。
また、今回の記事での話題と絡みますが、1億円プレーヤーの実像にも迫ってほしい、というコメントもありました。自分がそうなれるにはまだまだステップが多くて見通せないのですが、どんな職業でどんな生活スタイルで、家族は、子供の教育は、などなど、自分も知りたいことがたくさんあります。

最後に、こういう場を作ってくださった大田さんに感謝。
また、自分も「プレジデント」の読書会をやっていますので、お会いできた編集部の方にはこれからもお世話になることがあるかと思います。出会えたことに感謝。
そして、今回の朝食会は人づてに聞いたのですが、その教えてくれた方にも感謝です。
自分の読書会は今後、大田さんと切磋琢磨しながら広げていけるのか、大田さんに任せて自分は撤退も考えないといけないのかわかりませんが、いずれにしても「プレジデント」の読書会、朝食会が定期的に続けられるのはうれしい話ですので、今後とも何らかの形で読書会には関わっていきたいと思います。

PS.
大田さんの2冊目が執筆中で、近々発刊されるとのこと。楽しみです。

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2011年8月27日 (土)

[勉強会]2011/8/27 第44回読書チャンプル@恵比寿

○コミュニティ名:読書チャンプル
○名称:第44回読書チャンプル@恵比寿
○日時:2011年8月27日 9時30分~11時50分
○場所:タリーズコーヒー 恵比寿東口店Googleマップ
○参加者:5名
○課題書:
・レバレッジシリーズのいずれか1冊以上(どれでもかまいません)(本田直之)
私はこうして発想する(大前研一)
夢をかなえるゾウ(水野敬也)

この「読書チャンプル」の読書会、参加者が固定されつつあり、かつテーマが本田直之さんに限定されていたので、正直なところネタが切れたら終わるのではないかと思っていました。
ですが実際には、今回で44回目ですし、読書会以外にも外部の講師を招いてのセミナーも何回か開催し、課題書も広がってきています。そしてこの読書会の最大の特徴として、話し合う内容があらかじめ提示されており、多くの読書会のように感想をシェアするだけではないというのがあげられます。
自分の予想が(よい方向に)間違っていたし、むしろ自分主催の読書会をどう改善していくか、参考にしないといけないですね。

今回の流れは、
・自己紹介と簡単なワーク:プチ・セルフマネジメントに挑戦(自分自身に対する目標を設定し、振り返った結果を発表する)
・課題本を読んで印象を受けた部分をシェア
・課題本の内容で実践したこと、これから実践したいこと
・おすすめ本の紹介
・これから達成する目標を宣言
となっていました。

印象を受けた部分として上がったのは、『私はこうして発想する』からは「前提を疑う」という考え方、『夢をかなえるゾウ』からは「毎日感謝する」「人間は意識を変えることができない(=行動に移して初めて変わったといえる)」といった部分でした。
発想という視点からは、暗黙の前提になっていることを再確認することが必要ですね。その前提が個人の思い込みなのかデータに基づいた事実なのか、別の前提を置いたときには何が起こるのか、といったことを考えることで、新しい発想を促すことができます。『私はこうして発想する』は、大前氏が執筆当時に設立したばかりのビジネス・ブレークスルー大学(BBT大学)への言及が多いのですが、BBT大学設立自体が、『少子化だから大学の学生数は減る一方だ」という前提をひっくり返して社会人大学を作るという発想に基づいているなどの事例があります。
毎日感謝するようにしようと思えば、日常の出来事に感謝することになります。感謝の言葉は日本語では「ありがとう」ですが、これは「有り難い」→「滅多にないことだ」から来ているのはよく知られているかと思います。当たり前と思っていることでも、それは多くの人が関わってその状況を作ってくれたのだと考えれば、有り難いといえるのではないでしょうか。
ちなみに(これも読書会の場で話しました)、現在の勤め先の経営理念に「感謝を楽しむ」というのがあります。「楽しむ」は経営理念が5か条あるすべてについているのですが、ここでは単に感謝するのではなく、日々の出来事に対し、自発的に感謝の気持ちを持つことを理念の言葉としているのだと考えています。

課題書の内容で実践したいのは、レバレッジシリーズ(私は『レバレッジ・シンキング』を読みました)で本田さんが示している、「俯瞰逆算思考」です。
作業の全体を見据えて、定めた(与えられた)期間内に実施する作業内容を決めてから動け、ということなのですが、自分の本職であるシステム開発でも、プロジェクト管理という言葉で要求されていることそのものです。ですが現実には、作業内容の前提となる仕様や要件が変更されることもあって、なかなか思うようにはいかないのですが、自分の場合は目の前の作業を手当たり次第に手をつけてしまう癖があるので、まずはそこを改善しないといけないと思っています。
(「思って」じゃダメなんだけど。上にあるように、意識は変えられないのだから、行動で示さないと。)

目標として、テーマを決めて日記を書くことを上げた方がいました。自分も昨年末から紙の日記帳に日記を書いていたのですが、半年くらいで続かなくなってしまいました。ブログや勤務先の週報との併用ができなくなったのですが、日記つながりで以下の本を紹介していただけましたので、再開してみようかと思っています(これも要実践ですね)。
「朝」日記の奇跡(佐藤伝)

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2011年8月24日 (水)

[読書メモ]清水克彦『3秒で夢をかなえる仕事術』

3秒で夢をかなえる仕事術(清水克彦)

3秒。案外長いです。決して一瞬ではなく、呼吸1回の時間くらいですし、歩けば数メートルは進めます。筋トレをしていれば、負荷をかけた姿勢を3秒間保持することが、どれだけ大変か体感できるでしょう。3秒の間に判断、決断することは、難しいようでいて実はそれほど難しいことではないだろう、と思います。
麻雀の桜井章一さんが、「打牌は3秒以内」というルールを作っていますが、それ以上考えても悩んでいるだけだという考え方だったかと思います。仕事においても、熟考よりも即決が勝ることも多く、短時間での判断が常に拙速というわけでもありません。

ただ、本書にもありますが、「動きながら考える」と「動いてから考える」とは全然意味が違っていて、本書が目標としているのは前者。後者はそれこそ拙速なだけです。必要なタイミングで素早く判断を下し、状況の変化に応じて修正していくと いうことができれば、行動の速い人になれるといえます。
自分はこの点まだまだで、ややもすれば動いてから考える、拙速なやり方になりがちです。仕事の全体像を見ないで行動するので、目の前のものしか判断材料にしておらず、状況の変化が見えていないと感じることも多いのです。「動きながら考える」を、意識しておかないといけないですね。

後半は、時間だけではなく仕事や生活全般の考え方について、「3」という数字をキーワードでまとめています。こじつけに感じるところがないとは言えませんが、なるほどと感じさせられるポイントも多かったです。
二者択一で迷ったら、第3の選択肢をあげてみる。選択肢が増えることで、評価軸が明確になり、判断がしやすくなる。
相手の意見に3割だけ反論する。全否定して論争を挑むのも、相手に完全に取り込まれるのもよくない。「反論」というと対立するかの印象もありますが、相手の意見を一旦受け入れて、自分の意見をそこに乗せていくようなイメージでしょう。
また、100点満点を目指すために必要以上の時間をかけたり、あらゆる顧客を満足させようとして総花的な施策になってしまうよりは、3割は見切って70点のほうがいい、という考え方も紹介されています。

執筆の話もありました。この本は40のポイントがあげられていますが、毎日1つのポイントを書いていくことを積み重ねて、この形になったということです。まとまった時間はとれなくとも、すきま時間の有効活用で、大きな仕事もできるという実例といえるのではないでしょうか。
自分も執筆には興味がありますし、こうやってレビューも書いているのですが、すきま時間を有効活用できないか、もっと意識してみたいと思いました。

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2011年8月23日 (火)

[読書メモ]辻秀一『仕事に活かす集中力のつくり方』

仕事に活かす集中力のつくり方―“辻メソッド”でフローに集中する人生を獲得する(辻秀一)

スポーツ選手の事例を中心に、「集中」できている状態について、また集中するためにどのような意識の持ち方をすべきかを示しています。スポーツ選手の事例が多いのは、試合や演技というわかりやすい舞台があることと、やはり作者がスポーツドクターとして多くの選手を見ているからだと思いました。

サブタイトルにもありますが、集中とは「フロー」の状態のことです。フローとは時間を忘れて、周囲の雑音が聞こえなくなるような状態で1つの物事に取り組んでいる状態で、非常に密度の高い、効率のよい作業ができる状態にあります。
以前読んで強く感銘に残っている『モチベーション3.0』(ダニエル・ピンク)でも、フローの状態を作り出せる環境こそが、本当のモチベーションであると述べており、いろいろな本が同じことを書いているのだと改めて感じました。

そして、フローの状態を作り、モチベーションを高めるには、心をよい状態にすることが重要となります。心の状態をよくするには、外に現れる自分をよくすること。笑顔を作る、明るく振る舞う、気持ちのよい言葉をかける。
勤め先で毎朝朝礼をするのですが、朝礼の場で隣の人との挨拶と「笑顔チェック」があります。どういう意図で行っているのかは聞いていないのですが、仕事への集中力を高めるには最適な方法なのだと、この本を読んで感じました。
また、感情が態度に出ることもありますが、逆に態度が感情を作ることもよくあります。悲しいときにはわざと泣こうとするし、不満を持つ状況にあえば、ふてくされた態度や乱暴な振る舞いをして、怒りの感情を高めようとしたことはないでしょうか。こういうときにこそ、心を平静に保ち、あえてポジティブに振る舞うことで、集中力や感情を維持することができるというわけです。

そしてもうひとつ、「今」を大事にすることが、集中力を保つために重要なのだと述べられていたのも、なるほどと思いました。
野球選手やプロゴルファーの例が出ていましたが、自分が最初に思い浮かんだのは将棋の棋士のことです。プロの将棋では「待った」はありませんから、前に指した手が悪手で形勢を損ねたとしても、今この局面で最善の手を探さなければならない。前の手をこうすればよかったと後悔しても、その局面は現れないわけですし、時間を無為に使ってしまうだけです。
とはいうものの、過去の失敗に引きずられ、今必要なパフォーマンスが出せないというのはよくあると思いますが、過去は過去と割り切れる人のほうが強い。自分はまだそこまで達しておらず、後悔することもしばしばなのですが、今できることをやるという当たり前のことを、当たり前にやっていけるようになりたいと思います。

ポジティブな態度、言動、表情を作ることと、今できる最善のことをすること、この2つが仕事のパフォーマンスを高めることになります。もちろん集中力も増し、周囲の雑音が気にならなくなりますから、効果はさらに上がるでしょう。
集中せよ、と意識してヘンに力んでも、むしろ逆効果になることもあります。まずは笑顔、笑顔ですね。

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2011年8月21日 (日)

[読書メモ]ダニエル・エイメン『「わかっているのにできない」脳〈1〉』

「わかっているのにできない」脳〈1〉エイメン博士が教えてくれるADDの脳の仕組み(ダニエル・G. エイメン)

部屋が片付けられない、忘れ物が多い、集中力が続かない、――。
自分のいけていないところで、仕事にも影響する部分があるのですが、どうやらADD(注意欠陥障害)の典型的症状ではないかと感じる部分があり、理解を深めるためにこの本を読んでみました。

ADHD(注意欠陥多動性障害)という病気は耳にしたことがある人も多いと思います。子供の病気だと言われていましたが、現在では成人にも起こりうる症状ですし、このうち多動のない症例がADD(注意欠陥障害、あるいは不注意優勢型)として扱われています。
原因については研究中の部分もあるものの、本書ではSPECT(単一光子放射断層撮影)という仕組みによって脳の活動量を測定することで、ADD患者の脳の活動状態や、6つの分類を行っています。

途中にチェックリストがあるので、自分も回答してみました。その結果は、典型症状ではないものの、不注意型ADDの疑いありとなりました。先に書いたように自覚している部分はあるので、まあそんなものかなという感じです。
また、頭部への外傷が脳に損傷を与えており、それがADDの原因となる場合もあるとのことです。自分も幼いときに鉄棒から落ちたり階段で足を踏み外したりして、頭を打ったことは何度かありますので、ちょっと不安。
とはいえ、本書にあるような脳内の検査をしたわけではないですし、実際のところは性格的な部分かもしれません。そのあたりは、自分でも慎重に取り扱っていかないといけないですし、診断がどうあれ自分自身とつきあっていかないといけないのは変わらないわけです。

著者のエイメン博士は医者ですから、治療法としてはまず薬物療法があげられるのですが、投与されているアデラールやリタリンは、日本ではADDの治療に認可されていない薬品なので、自分がたとえADDであっても、日本中どこに行っても薬物療法はありません。
それ以外の治療法として書かれているのは、食事療法(高タンパク・低炭水化物食)と運動療法。診断を受けていないので「治療」とはいえませんが、逆に炭水化物ばかり摂っている、運動をしないというような生活にはならないように気をつけたいところです。

生活パターンの改善など、自分でできることが書かれていればなおよかったのですが、第2巻に対処法が詳しく書かれているようなので、そちらも見てみたいと思います。

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2011年8月19日 (金)

[読書メモ]水野敬也『夢をかなえるゾウ』

夢をかなえるゾウ(水野敬也)

ジャンルはビジネス本、自己啓発本ということになるかと思いますが、小説仕立てになっています。
会社勤めで平凡な日常を送る、主人公の青年のもとに、関西弁をしゃべる象が突如現れます。この象はガネーシャと名乗り、自分は神だといい、主人公に向かって、本当に変わりたいのならこれをするようにと、毎日課題を出していきます。

この中で一番衝撃を受けたのは、「変わりたいと思っているうちは、変われない」というところでした。思うだけなら簡単だし、楽です。そこに具体的な行動が伴って初めて、人間変わることができるのだという、当たり前なのに多くの人ができていないことを、すばりついてきたところでした。
そういう観点からもう一度本書を読み直してみます。最初の課題は靴を磨いたりコンビニでおつりを募金したりと、ある意味くだらなくも思えることなのですが、これまでやっていなかった具体的な行動を取らせているのです。
後半になるとそこから発展して、周囲の人を喜ばせる、応募する(自分の力を他人に見てもらう環境に自分を置く)、感謝するという課題に変わっていき、この辺を日課にできる人間は強いよなあ、と当然ながら思ってしまいます。

応募する、という表現になっていましたが、つまりはやりたいことに向かって一歩踏み出して、自分の力を世に問うこと。オーディションや事業プレゼンで自分を売り込むのもあるし、資格試験を受けるのもある。自分が心から「やりたいこと」を見つけて、それを実現するための行動を起こすと言い換えることもできるでしょう。
当然、リスクもあるし、周囲の反対もある。できるわけがない、という自分の心の声もあるかもしれません。ですがそこに負けて最初の一歩を踏み出せなければ、いつまでたっても前には進めないし、思う方向への変化は見込めないわけです。

……と考えていくと、自分のやって来たことは、あまり胸を張れないかな。
自分の場合、変わりたいという意識が強くないときでも、環境に流され、その場その場でいろいろな選択を取っているうちに、何かが変わってきているように思います。小さい環境の変化だと新しい仕事を任されたり、失敗して叱られたりすることから、大きな変化だと会社を辞めて転職したり、引っ越して東京に出てきたりするところまで、仕事の中だけでも否応なく変化に巻き込まれていきます。そういった環境の変化に合わせた自分の変化のほうが、多いのかもしれません。
社会人になった15年前よりは成長しているだろうけれど、流れに任せてきた部分が多いので、具体的な行動を起こして自分が変わった、と感じる部分はむしろ小さいように感じます。でも、いま38歳だから、あと30年は仕事を続けるだろうし(定年は延びるかなくなっているかしそうだ)、まだまだ変化も成長もある、そう思っています。

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2011年8月18日 (木)

[読書メモ]大前研一『私はこうして発想する』

私はこうして発想する(大前研一)

経営コンサルタントで、経済評論家の大前研一氏の著書です。
タイトルに「発想」とありますが、今まで読んできたアイデア本とはひと味もふた味も違います。なぜなら、発想する内容が経営であったり経済であったりと大きな枠組みのものであり、新しいサービスや製品を考えるのとは目的が違うからでしょう。また、個人的な思い込みを廃し、あらゆる事実をフィルタリングしないで受け入れ、その中から正解を見つけていくという方法論も、自分には新しいものでした。

大前氏は2005年に、「ビジネス・ブレイクスルー大学院大学 (BBT)」を開校し、新しい時代にふさわしい経営者の育成を行っています。自分も興味があって、BBTのサイトを覗いたことがあったのですが、学費の負担が大きいので踏み切れずにいました。そして、そもそも、「自分は経営者になりたかったのだっけ?」というところまで引いて考えていて、今もなお逡巡中です。
本書では、BBTでの授業の内容も紹介しながら、とくに経営における発想法について、いくつかのポイントを示しています。第1のポイントである「先入観を疑う」というのが、できていそうで全然できていないと、よく感じます。
自分の場合ですが、新しいアイデアは自分にとっての必要性から生まれることも多いのですが、この段階ですでに自分の先入観が入ってしまっており、先入観を含んだフレームワークから抜け出せない発想になってしまいがちです。アイデアを他の人にぶつけたりしてそのフレームワークを壊しにかかるのですが、思い入れもあったりしてなかなか壊せないというのが正直なところです。

新しいサービスの企画という視点では、第3章の「他にはないものを目指す」が大事ですが、この章の内容が弱いと感じました。元々、発想という意味において、他にないものを考えるのが大前提ですし、その方法論として新しいものが出てくるわけでもなく、事例も成功事例なのかどうか微妙なものが多いように思います。
そのあとの「歴史から教訓を引き出す」(第4章)、「敵の立場で読む」(第5章)のほうが有用でした。歴史、つまり過去の事実を参考にすることで、現代の日本というフレームワークを壊すことができますし、逆に事実のとらえる範囲を歴史に限ることで、見落としていた事実にも気づきやすくなります。また、敵だけではなく、いろいろな利害関係者、たとえば提携先の相手企業であったり顧客や一般消費者であったり、そういった人々の立場からアイデアを見ることで、多角的な視点を得ることができます。とくにビジネス上の企画であれば、Win-Winの関係を構築できているかが、他者の視点から見ることで明らかにできる部分もあるでしょう。

私の場合、経営はともかく、企画には興味があり、自分で考えたことで世の中に影響を与えることができれば、それは非常にワクワクすることです。そこには単なる空想ではなく、事実をベースとした、地に足のついた発想が求められますから、もっといろいろなことを学び、実践していければと思っています。

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2011年8月17日 (水)

[読書メモ]本田直之『レバレッジ・シンキング』

レバレッジ・シンキング 無限大の成果を生み出す4つの自己投資術(本田直之)

「レバレッジ」シリーズでおなじみの、本田直之さんの著書です。
レバレッジとは「てこ」のことですから、てこの原理のように、小さな力で大きな効果を得る(DMWS=Do More With Less)ための考え方と、その実践について書かれています。

まずは何といっても、「仕組み化」でしょう。マニュアル作業を仕組み化し、考えなくてもできるようにすることで、時間の短縮と、その結果できた時間でこれまで以上の仕事の成果を出すことができるようになります。
専門的な話になってしまうのですが、いま自分はシステム開発の仕事をしていて、「アスペクト指向プログラミング」という概念を使ったコーディングをしています。詳しくは専門書に譲りますが、ルーチンワーク的な処理を呼び出す記述をいちいち書かなくても、自動的に呼び出してくれる仕組みが備わっています。アスペクト指向のおかげで、そのクラスや関数で本来するべき作業のコーディングに専念できるので、コードが読みやすく、書きやすくなるという利点があります。プログラミング上の「仕組み化」ですし、さらに一歩進めて他人にやってもらうところまでできているといえるのではないかと思います。

2つ目が俯瞰逆算思考。与えられたタスクの全体像を見て、いつまでに何をするか、そのために今日は何をどこまでやるのか、見積もりを立てて実行すること。
時間が限られていればやるべきことも厳選されますし、作業密度も濃くなります。全体を十分に把握しないまま、目の前の作業に取りかかってしまうと、どこまでできているかもわからず、飛び込んできた不要な作業に振り回されることにもなってしまいます。
システム開発の仕事だと、納期と作業内容が決まっていることが多いので本来はやりやすいはずなのですが、作業していくうちに不具合が見つかって修正していたり、技術的に困難な問題が生じてその解決にどれくらい時間がかかるか見通しがつかなかったりして、結局は目先の問題に追われざるを得ない部分が生じてしまいます。そして納期が迫って徹夜や休日出勤、というのがよくあるパターンですが、他人事ではないので笑うに笑えない。

この2点は、今の自分に一番足りていないところですし、苦手なところでもあります。システム開発という仕事の特性上、仕組み化できる部分は限られているし、タスクの全体像が途中で大きく変わってしまうこともあるのですが、それにしても目の前の作業にとらわれすぎで、現時点での進捗が何パーセントか把握できていないのは問題だと思っています。
システム開発ではプロジェクト管理が大事な考え方なのだから、個人レベルでできないはずがないと考えて、これからの仕事のやり方を考えていきたいと思います。

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2011年8月16日 (火)

[読書メモ]佐々木俊尚『キュレーションの時代』

キュレーションの時代 「つながり」の情報革命が始まる(佐々木俊尚)

博物館に「キュレーター」という役職がありますが、キュレーターには所蔵品にどのような価値があるのかを研究し、来館者に伝える役割が与えられています。また博物館の展示企画を行うのも、キュレーターの権限によってなされます。
本書『キュレーションの時代』でも、コンテンツと私たちの間に、コンテンツに意味(コンテキスト)を与え、私たちに伝える行為として、キュレーションが定義されています。知る人ぞ知るという知名度ですが、秀でた能力を持ったギター奏者や、映画、絵画などがこの世の中には多数あります。それらを「誰にどのように伝えるか」が大きな課題となっており、どのように解決したかがわかりやすく記されています。
ただ、そういった事例は特殊なものではないか、という疑問が現れるのですが、本書を読み進むにつれて一般的な概念として、作者の主張が明らかになってきます。

現在の広告のあり方に、疑問を持つ人は少なくないでしょう。自分は広告を受け取る必要はない、必要な情報は自分で見つける、という人もいるのですが、そこまで言わせるほどに(その人にとって)不要な情報が氾濫しているという事実を映しているともいえるわけです。マス広告の限界が来ているわけです。
ただ、自力で情報を得るというのも、自分の知識の範囲内でしか情報が得られないという問題があります。そういう意味で、自分に必要な情報が、自分の知らないところからも随時受け取れるような形というのは1つの理想かも知れません。「ライフログ」という、日常の言動を記録し、これをもとに必要な情報を与える仕組みはこの理想を達成する方法ではあるのですが、本書にもあるように気持ち悪い。私もそうですが、誰しも、個人情報やプライバシーをすべてさらけ出す社会になってしまうことは、どうしても抵抗感を持ってしまうでしょう。それは世の中の変化について行っていないというわけではなく、現代社会に生きる人間の本能的な部分であり、変化を拒むものだと単純に批判できるものではないと思います。
その折り合いをつけるものとして、フォースクエアやフェイスブックのように、能動的に自分の行動を外部に提供するものが出てきたと、本書では書かれています。この部分は個人的には疑問で、ライフログ化するには提供する情報があまりにも限られすぎており、違う話を無理矢理まとめているような違和感がありました。
個人的には、ライフログとプライバシーの折り合いをつける方法は今のところなくて、それゆえに自分が必要な情報が随時プッシュされてくるような技術は、遠い未来の話だろうと考えています。というより、自分にカスタマイズされた情報が自分に渡ってくること自体、強い違和感を感じます。何を基準に情報を選別するのか、そこから漏れた情報に有益なものがないと断定できるのか、プライバシーの問題が解決されたとしても、そういった気持ち悪さは残りますね。

逆に、コンテンツが優れていれば、広告などなくても口コミなどで伝わっていく、というのも誤りでしょう。かつて日本が陥った、「よい製品を作っていれば国際競争力はついてくる」という思い込みで交渉力をおろそかにしてきたのと、同じ誤りのように感じます。
そこで「キュレーション」が重要になってくるというのは、私も同感。
たとえば今回取り上げた『キュレーションの時代』という書籍がコンテンツであれば、私がこうやって書いているブログはキュレーションになるわけです。ところが、このブログ自体はキュレーターとしてあまり機能していない。
このブログをコンテンツとしてみれば、さらにキュレーターが必要になっているわけで、今回からブクログにも転載して、時間をかけてブログからブクログへ移行していきたいと考えています。

少なくとも、マス広告は限界を露呈したし、口コミは広告としては予想されたほど機能していない。また、私たちはコンテンツの制作者が対価を受け取ることは当然だと考えても、私たちにコンテンツが届くまでの間にいるもの(まさしくメディア=媒体のことであったりします)には対価を支払うことをよしとしない。
キュレーターは新しいメディアであるとともに、コンテキストの制作者でもあるわけです。そして誰でもがキュレーターになることができるので、消費者でありキュレーターである私たちが、キュレーションをどのように位置づけるかが今後のメディアのあり方を決めていくのではないかと感じました。

(同内容のブクログへのレビュー:http://booklog.jp/users/tamago915/archives/4480065911

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2011年8月12日 (金)

[読書メモ]マーカス・バッキンガム『さあ、シンプルに生きよう!』

さあ、シンプルに生きよう!(マーカス・バッキンガム)

先日の勉強会で、課題書となったものです。
働く女性、それも米国の社会事情をベースとしたものですが、日本で暮らす男性である私にも、ある程度の実感を持って読むことができました。
日本では多くの人が会社勤めをしているわけで、大きな組織の中で自分がやりたいことと実際にやっていることにずれが生じてきて、そのずれが大きくなって働きがいを失っている、という人も少なくないと思います。働きがいを取り戻すには、という視点でこの本を読んでいくと、いろいろな気づきを得られました。

当然ながら、自分がやりたいと思ったことを仕事にするほうが、大きな働きがいを得られます。ところが組織の中にいると、自分が期待されている役割を、自分がやりたいことと勘違いしてしまうことがよくあります。
その罠には、私自身陥っているのかもしれません。自分も年齢や経験を積んできたので、若いメンバーを率いていく立場になるべきだと考えていますが、それは率いることを求められているからなのか、本心から若いメンバーを引っ張っていきたいのか。
前半に出てきた映画エージェントのアンナとキャンプカウンセラーになり損ねたチャーリーとの違いは、その部分にあったのだと思います。また、カップケーキ店を経営するキャンダスは、自分のやりたいことを見つけるのに子供の頃の記憶をたどり、料理だ、いやパンやケーキだと、自分の強みを発見していきました。人生に迷ったとき、原点に立ち返って自分のやりたいことを見つける作業が、必要になってくるのだろうと思います。

後半部分では、前回のブログにも書いた作者夫婦の息子の絵の話のほかに、もう一つのハイライトがあります。
夫が強姦犯だとわかったダイアンは、なぜ夫がそのような行動に走ったのか理解しようとしました。それも自分を責めるわけでも、感情的になるわけでもなく、冷静に。夫の欲求が、力ずくで他者を支配することだと理解し、学ぶことを愛することで自分の心が強くなれると気づいたことで、彼女は大きな逆境から立ち直ることができたのです。
前半の繰り返しになりますが、この「自分の心が強くなれる瞬間」を大事にすることで、自分が本当にやりたいこと、働きがいを持てることが現れてくるのだと思いました。自分にとって、それが具体的に何であるかは、今後の宿題になりそうですが。

最後に、92ページからのストロングライフテストを、もう一度やり直してみました。また、妻にも同じテストをやらせてみました。
自分の前回はやや「こうあるべきだ」で答えていた部分があったので、少し結果が変わり、4タイプ(創造者)が主役割、8タイプ(開拓者)と9タイプ(教師)が副役割になりました。ちなみに妻は、4タイプが主役割、1タイプ(相談役)が副役割。
本書の説明では、「創造者」とは、無から有を作るよりも、既存のものから新しい価値を作るほうに焦点が当たっているように思われます。自分も企画は好きですし、やはりこのタイプに近いのかもしれません。
そして『開拓者」は、変化を好み自らそこに飛び込んでいくタイプ。半年前にベンチャー企業に2度目の転職をしたのも、そのことと無縁ではないだろうと思います。
宿題は残りましたが、自分がやりたいことと実際にやっていることの方向性は近いので、よりよい生き方を模索し続けたいと思っています。

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2011年8月 8日 (月)

[勉強会]2011/8/7 深堀読書 『さあ、シンプルに生きよう!』

○コミュニティ名:21世紀の働き方・学び方・生き方
○名称:【8/7(日)】深堀読書 『さあ、シンプルに生きよう!』マーカス・バッキンガム
○日時:2011年8月7日 18時30分~21時30分
○場所:カジュアルレストラン イセタンダイニングGoogleマップ
○参加者:6名
○課題書:『さあ、シンプルに生きよう!』(マーカス・バッキンガム)

前日に引き続き、「21世紀の働き方」コミュニティのイベントに参加してきました。今回はテーマとなる書籍がある読書会です。
書籍そのものの感想は別の記事として書くことにして、ここでは読書会で出てきた話や感想を中心に述べていきたいと思います。

この本のターゲットは働く女性ですが、参加者は主催者も含めて男女3人ずつ。男性の立場としては気づきにくいのですが、女性は社会に出ても家庭の負担が男性より大きく、また社会での成功(出世)と家庭のどちらをとるかという二者択一に悩むのも、女性のほうが圧倒的に多いわけです。
とはいえ、だから女性のほうが不幸なのか、という疑問も出てきました。年をとるごとに男性は幸福感が増し、女性は減っていくというグラフが出ていましたが、仕事人間だった男性が、リタイアしてからは全然幸せそうじゃないよ、とのこと。これは日本だけの現象でしょうか。

女性が(男性も同じですが)、満足できる仕事を得るためのヒントが、収録された多くの事例の中に隠れています。自分の強みやハイライトがわかったとしても、それだけをさせてもらえるとは限らないのですが、弱いところ、苦手なところを目標達成の手段や義務としてやっていても、なかなか成果が出ないし、精神的にもきつくなります。
参加者のお話でおもしろいものがありました。チームのほかのメンバーの仕事ぶりを見ていると、苦手なことに取りかかるときは挙動不審、動作が不自然になるのがわかるのだそうです。当然パフォーマンスも発揮できませんし、自分の得意なところにも影響してしまうでしょう。チームメンバー同士で苦手なところをカバーしあうなど、対策が必要なところですね。

中盤にある「ストロングライフテスト」の結果を、皆さん持ち寄ってきていましたが、6人とも1タイプ(相談役)、4タイプ(創造者)、9タイプ(教師)のいずれかが出てきていました。自分も相談役と教師が上位に来たのですが、あまりそのタイプではないようにも思ったので、もう一度、素直に(こう行動するべきだ、とか、このタイプであるべきだ、ではなく)テストに臨んでみようかとも思いますが、3番目に来ていた8タイプ(開拓者)が一番近いのかもしれません。
「この6人でチームを組んだら、絶対失敗しますね(笑)。みんな同じタイプだから欠点をカバーできない」というまとめ、秀逸でした。

後半は9つのパターンをふまえての新しい事例と、シンプルに生きるためのQ&A。自分が一番印象に残ったのはジャックくんの事例。彼は絵が苦手なのですが、親(作者夫婦)はその苦手をつぶそうと努力し、余計に窮地に陥ります。学校の先生が、彼が算数が得意なこと、正解を探すタイプで、絵は対象を正確に描写するべきだと考えていることに気づき、自分の見えたとおりに描くことが正しいのだと伝えたことで彼は変わりました。
自分も子供の頃は、ジャックと同じような考え方をしていたので、いい先生に巡り会えたジャックをうれしく思いました。

ジャックの事例でもそうなのですが、人には「努力が必要な訓練(≒やらないといけないこと)」と「努力が必要ではない訓練(≒自発的にやりたいこと)」があります。
後者だけをできるわけではないのですが、自分にとって、何が自発的にやりたいことなのか。コードを書くことなのか、ブログを書くことなのか、「シンプルに生きる」というのは、義務感なしにワクワクしながら続けられることを見つけることなのだと、考えさせられる読書会でした。

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2011年8月 7日 (日)

[読書メモ]立入勝義『ソーシャルメディア革命』

ソーシャルメディア革命(立入勝義)

ソーシャルメディア。日本には真のソーシャルメディアと呼べるものが現れておらず、北米など外国のソーシャルメディアが日本に入る際に日本風にアレンジ、あるいは日本人が使いやすいようにカスタマイズされたものになっていますので、はっきりとした姿が見えづらいところがあると思います。
つい最近の話ですと、twitterに日本語ハッシュタグが導入されたとき、1週間もしないうちに大喜利のお題に使われていました。同じテーマの話題をまとめるキーワードとして使うという本質を、日本人の文化に合わせてアレンジしてしまった事例だといえます。
また、日本ではメディア(情報媒体)というとマスメディアのことであり、個人で情報を発信している人も、マスメディアを経由した情報の存在に(その情報に肯定的であっても、否定的であっても)頼っているのが現状です。マスが取り上げないような情報を個人が取り上げ、継続して流していくような仕組みは、まだほとんど育っていないといわざるを得ないでしょう。

本書第3章冒頭、「日本でソーシャルメディアが立ち上がらない10の理由」は、必読です。ソーシャルメディアに限らず、日本の情報やサービスがガラパゴス化している理由としても、当を得ています。そして10も理由を挙げておきながら、無理に絞り出してこじつけたような部分がなく、日本がガラパゴス化するのはそれなりの根が深い問題だということがわかります。
あと2つ付け足すとすれば、「周囲の反応や空気を読み、自分の意見ではなく空気に流された意見を表明してしまう、横並び体質」と「他人の情報でもうけを得るのはまかりならんとする、マネタイズ意識のゆがみ」があげられるかと思います。
これらは歴史的に日本人が持ってきた性質だという考え方も強いのですが、明治時代の新聞には多くの意見記事が投稿され、あるいは自分の意見を発信するための新聞が多数創刊されたといわれています。メディアは新聞ですが、かなりの部分で現在のソーシャルメディアに近いものを作りつつあったのでしょう。それを考えると、現在の私たちができない理由はないのかもしれません。

ウィキペディアの話も出てきています。私自身、この点を取り上げた筆者のブログを見て、ツイッターにコメントしたことで筆者との意見交換を少し行うことができたのですが、ウィキペディアはソーシャルメディアとしては異質だというのは間違いないでしょう。というのも、ソーシャルメディアの主たる目的が個人による情報伝達であるのに対し、ウィキペディアはそもそもが百科事典プロジェクトであり、いわゆる報道メディアとは一線を画しているべきものだからです。
日本語版ウィキペディアでは、細部にわたって統一したルール作りを好む傾向にあり、また宣伝や売名行為を極端に嫌います。ルールとして何が宣伝であるかを定義できないので、「特筆性」という概念を持ちだして宣伝行為の排除を進めているのですが、ここ1年くらいでしょうか、特筆性の概念が暴走しつつあるようにも見えます。(このあたりは、以前にも私のブログで紹介していますので、そちらを参照ください。)
ウィキペディアの場合、個人の集合知による情報伝達手段、つまりはソーシャルメディアの中に含まれることには間違いないのですが、セルフブランディングの手段としては使えないでしょうし、マネタイズなんてもってのほかということで、やはり百科事典プロジェクトとして考えておくほうがよさそうです。

最後に、日本がグローバル化しない、できない理由として、日本人一人一人が抵抗勢力となっているという指摘がされていることをあげておきます。つまり、旧弊に固執し、多様化を受け入れず、「日本らしさ」という言葉の陰に隠れて新しいものを拒む姿勢は、私たちの誰にでも思い当たるのではないでしょうか。
日本がグローバル化するには、日本のやり方を世界に広めるか、日本のやり方を捨てて世界に取り込まれるか、あるいは個人レベルで日本を捨てて世界に出て行くか、くらいしかありません。第1の方法は、20世紀の前半に日本が行い(台湾と韓国を領土化し、中国本土に戦争を仕掛けた)、失敗しました。第2の方法は日本の言語・文化・制度を捨てて米国(でもどこでもいいのですが)に合わせるくらいのパラダイム変換が必要。だとすると、やはり個人レベルの開国が望まれることになるわけです。

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2011年8月 6日 (土)

[勉強会]2011/8/6 ポジティブ心理学による「幸福度のあがる人との関わりあい方」

○コミュニティ名:21世紀の働き方・学び方・生き方
○名称:【8/6(土)】ポジティブ心理学による「幸福度のあがる人との関わりあい方」
○日時:2011年8月6日 10時~12時
○場所:NEST EGG CafeGoogleマップ
○参加者:14名

ハーバードの人生を変える授業』(私のブログでも以前紹介しました)の日本語訳を書かれた成瀬まゆみさんのお話を聞けるまたとない機会ということで、セミナー形式の勉強会でしたが参加してきました。
実際にお話を聞くまで自分が忘れていたのですが、昨年参加した勉強会で、自分、成瀬さんにお会いしていました。『ハーバード』の訳者紹介のところにもありますが、本コミュニティの以前の勉強会(ストレングスファインダーだったと思います)でも『くれくれくまちゃん』への思い入れを語っていたのを、今日の冒頭のお話で思い出しました。

演壇からの話は少なく、質疑応答に多くの時間が割かれました。人間関係に悩んでいる人が多かったのですが、相手のパラダイム(考え方のフレームワーク)を理解すれば、なぜその人が私の期待したように動いてくれないのかわかりますし、理解した上で共通点を探ることで、人間関係の多くの問題は解決されるのだろうと思います。先ほどの仕事の進め方の話にも共通しますが、相手のパラダイムを理解すること、こちらのパラダイムも理解してもらうこと、そしてお互いの違いをなくすのではなく、違いがあると認めた上で先に進むことが大事なのですね。

あとおもしろかったのが、自分の心の内が無意識のうちに外見や行動にも表れるようで、気持ちがあれていると見知らぬ他人からけんか腰で絡まれたり、周囲の人々が信用できないと思っていると信用できる人に出会えなかったりするようです。類は友を呼ぶといいますが、実体験としてのお話でしたし、やはりそういうことはあるようです。

自分も1つ質問させていただきました。勉強会や読書会を主催しても、なかなか参加者が集まらないので、その悩みを伝えたのですが、人を集めるほうに意識が行き過ぎて本来の目的(意見をシェアしたい!)を見失っているのではないか、ということでした。心当たりはありすぎるので、やり方を見直してみたいと思います。
たとえば、「プレジデント読書会」に人を集められないのですが、無理に人を集めて開催するのではなく、自分の意見を表明する場を別に作ればいい(とりあえずは、毎回イベントを起こしているmixiのコミュニティかな)わけですし。それで興味を持つ人が増えれば、直接顔を合わせる読書会形式に戻せばいい、と。

出会いも多かったですし、自分の考え方、パラダイムのあり方に気づかされるイベントでした。
参加費が多少あったのですが、支払った以上の価値はあったと思います。

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2011年8月 3日 (水)

[読書メモ]川北潤『ネットデフレ』

ネットデフレ ~IT社会が生み出した負のスパイラル~(川北潤)

『ネットデフレ』という、タイトルに惹かれて購入しました。
日本は現在デフレの状態にあり、国内経済が縮小しているといえますが、デフレに陥った理由のひとつに、インターネット通販による価格破壊があげられると考えています。10年前の「クリック・アンド・モルタル」の頃からいわれているように、実店舗の賃料や人件費が抑えられてコストを下げられることと、他店との比較として価格が重要なファクターになるため、価格競争に陥りやすいことから、小売価格、ひいては物価を下げる力がはたらくからです。

そういった側面があるにせよ、本書の前半でネット通販を全否定してしまったのはどうだったでしょうか。ネット通販は本書で言う「自動販売機」的ビジネスですが、24時間いつでも利用できる、店員とのコミュニケーションが煩雑、何を買っているのか他人に知られたくない、など諸々の理由で、自動販売機での買い物を好む人もいるわけです。
提案型商品であった旅行商品(楽天トラベルなど)や生命保険(ライフネット生命など)がネット通販でも成立しているのは、提案されること自体が煩わしく感じている顧客が一定数いる証左なのに、ここを否定しても見苦しいだけではないかと感じました。

ただ、ネット通販のビジネスモデルが実質的に自動販売機型しかない、というのは事実だと思います。実店舗での提案型ビジネスモデルをネット通販に取り込むことで、店舗での顧客満足度とネットの利便性とを両立させる、新しい意味での「クリック・アンド・モルタル」が成立する余地はあります。
(……という方向で論を展開していけば、従来のネット通販を否定しなくてもよかったと思うのですが)
ただ、この方向のビジネスモデルとして提案していたのが、著者自身が経営する企業で展開しているサービスだったので、ここで読む気が失せました(最後まで読んだけれど)。これでは、結局は自社サービスの宣伝のために本を出したのか、と思わざるをえません。

とはいえ、提案型ビジネスモデルを取り入れたネット通販は、十分可能性があると思いました。従来の自動販売機型ネット通販だけではダメですが、提案型のネット通販だけでもダメ。消費者のニーズに応える形で、両方、さらには実店舗での商品販売を組み合わせて、顧客に最良のものを最良の形で提供することが重要なのではないかと感じさせられました。

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2011年8月 1日 (月)

[読書メモ]鈴木貴博『「ワンピース世代」の反乱、「ガンダム世代」の憂鬱』

「ワンピース世代」の反乱、「ガンダム世代」の憂鬱(鈴木貴博)

まず、自分の立場を本書になぞらえて書いておくと、1973年生まれの自分は、ワンピース世代(1978~88年生まれ)とガンダム世代(1960~69年生まれ)のちょうど中間にあたることになります。
自分の認識では(世間一般的にも?)、自分の世代はがっつりガンダム世代だと思うのですが、定義をわざと上にずらしているような感もあります。もちろん、人気アニメ・コミックである『機動戦士ガンダム』『ONE PIECE』を子供の頃に楽しみ影響を受けた世代ということなのですが、放映・連載当時13~19歳の世代をそれぞれ定義しているので、やはり世間の見方よりは5年程度上の世代になってしまうのではないかと思われます。
より一般的に使われる言い方をすれば、「新人類世代」と「ポスト団塊ジュニア」でしょうか。まあ、この言い方では本が売れないというか、そもそも書籍にならなかったでしょうけど。

本書では、矛盾を感じつつ組織の中で生きることを選ぶガンダム世代と、自由と仲間、すなわち横のつながりを第一に考えるワンピース世代を比較する形で論が進んでいきます。ところが、この世代間の特徴が前提となってしまっていて、事例は作者の都合のよい形でしか使われていないとか、世代間構想の本質に踏み込めないままアニメの設定だけ持ってきたような底の浅い論に終始してしまった感があります。
事例でいうと、野球の独立リーグからプロ野球(NBP)にドラフトで入団したある選手が、入団する球団に対する不満をブログで述べて問題になった事例を取り上げています。筆者は彼が指名されたNBPの球団が成績を残していないことを理由に、不満を述べるのも当然だという書き方をしていますが、彼がもといた独立リーグの球団も万年最下位だったわけで(ドラフト指名された年は勝率5割になったように、戦力と成績を整えてきましたが)。
柔道から総合格闘技に転向した石井選手の事例にしても、自由や仲間よりも自分が活躍できる場を求めての行動にみえるし、その行動力は買うとしても何かを守るための行動とは質が違うように思うのです。

そしてやはり、一番の疑問は、世代の違いではなく、年齢や社会経験の違いで、このような行動差が現れているのではないかというところです。つまりはこれから15年、20年たった後、ワンピース世代が本書に書かれている行動をそのままとり続けられるのか、組織の有り様を知ることで組織社会に飲まれていくことはないのか、ということです。
というのも、どの世代も、上の世代の思想や行動を否定しにかかるからです。ウィキペディアに記述された、以下の1文を引用します。

成熟した成人として、社会を構成する一員の自覚と責任を引き受けることを拒否し、社会そのものが一つのフィクション(物語)であるという立場をとるとされた。

(「新人類 - Wikipedia」より引用)

驚くべきことに、本書でワンピース世代の特徴としてあげられていることが、ガンダム世代とぴったり重なる新人類世代の特徴として記されています(残念ながら、この文章を裏付ける出典は示されていませんでしたが)。何が言いたいかというと、ガンダム世代も、上の世代が作った社会を否定し、そこから自由でありたいというのはワンピース世代と変わらなかったわけです。社会人として20年あまりの経験が、彼らを変えてしまったのでしょうが、それはワンピース世代にも同じく起こりうることです。

最後の未来予測ですが、ここまでドラスティックな変化は起こらないでしょう。若者政府のくだりは、自由を重視するはずの若者世代が、組織を作って仲間を縛っている時点で、これが起こりうるとしたのは噴飯ものです。ただ、ケータイ社会やグーグルの台頭がそうであったように、変化はいつの間にか起こっているのでしょう。その結果としての、若者を中心とした経済圏の発生は、あり得る話だと考えています。

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