« [勉強会]2011/8/28 第1回プレジデントを読む朝食会。 | トップページ | [読書メモ]佐藤伝『「朝」日記の奇跡』 »

2011年8月29日 (月)

[読書メモ]平川克美『経済成長という病』

経済成長という病(平川克美)

難しい本です。経済哲学と呼んでもいいかもしれません。

著者は表面的にはサブプライムローン問題、リーマンショックに端を発する金融危機を取り上げ、経済が暴走する様子を批判しているように見えます。本書で著者が書いているように、本来の商売とはモノやサービスと金銭との交換で、それが経済を構成しているべきモノだという考え方には賛同します。
ですが現実には、実態のない金融商品に値段がつけられ、その値段に根拠がないことが露呈して価値を失うという現象が起こっていました。本来の金融商品は、現物(実際のモノ)の相場が乱高下して大きな金銭的損失を被るリスクを小さくするために考えられた商品でした。それが本来の意味を離れ、投機としてお金を生む手段と変容したことが、今回の金融危機を生んだといえるのではないでしょうか。

ですが作者が批判したいのは、そんな表面的な部分ではないでしょう。現代社会が大前提としている、「経済は成長しないといけない」という概念をも疑ってかかっています。経済成長を追い求めてきたことで、私たち現代社会に住む人は皆、もっと大事なものを失ってしまったのではないか、という主張が見えます。
私たちが何を失ってしまったのか、どうあるべきなのかは明確には示されていません。そのことが本書の読解を難しくさせているのですが、答えを自分たちで考えていかなければならないのでしょう。作者が答えを隠した意図は別のところにあるのかもしれませんが、自身の見解を示すことで、それが正しいか正しくないかの議論になってしまい、私たち一人一人が答えを考えなくなってしまう、という意識が働いたのかもしれません。

作者は「少子化」という表現にも疑問を呈しています。十分に安全な社会で、産んだ子供の生命が脅かされる可能性が非常に低くなったのであれば、多く子を作る必要はなく、現状の日本が自然な状態なのではないか、むしろこれまでの出生率が異常だったのではないか、ということです。日本の人口は減少に転じていきますが、それは成熟した社会において自然な姿ではなかろうか、そのように論を進めています。
人口減少が自然化と問われると疑問に感じる部分はありますが、政府や自治体が進めている少子化対策が的外れな印象を受けたり、実際に全く成果が上がっていなかったりすることを考えると、少子化問題の根本は、案外作者の意見に近いところもあるのかもしれません。

さて、日本社会、あるいは世界経済は、今後どうあるべきか。社会全体の資産を増やし、経済的に成長していくことだけが正解だとはいえなくなってきているでしょう。日本は東日本大震災の後、お金では測れない幸福や安心といったものに価値観を求めつつあります。米国はリーマンショックから立ち直ったとはいえず、モノを持つよりもシェアすることに意義を見いだす人々も現れてきました。欧州はギリシャの経済危機や、英国の暴動など、やはり先の見えない状態が続いています。
小さい範囲で、自分のことを考えてみますが、お金に頼らない生活を模索していくことが、1つの答えになるのではないかと思います。お金をかけなくてもできる生活や娯楽はありますから、そういったところに着目する。また仕事の上でも楽してもうけようとはせずに、地に足をつけた働き方をしていく、そういったことが求められているのでしょう。

|

« [勉強会]2011/8/28 第1回プレジデントを読む朝食会。 | トップページ | [読書メモ]佐藤伝『「朝」日記の奇跡』 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/75808/45719019

この記事へのトラックバック一覧です: [読書メモ]平川克美『経済成長という病』:

« [勉強会]2011/8/28 第1回プレジデントを読む朝食会。 | トップページ | [読書メモ]佐藤伝『「朝」日記の奇跡』 »