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2011年10月22日 (土)

[読書メモ]アルボムッレ・スマナサーラ『怒らないこと』

怒らないこと―役立つ初期仏教法話〈1〉(アルボムッレ・スマナサーラ)

怒る。一義的には声を荒げて感情を爆発させて他者を非難することをいいますが、本書ではもっと広い意味に取られており、ある対象に対して負の感情を持つこととなるかと思います。その対象は他者や集団にとどまらず、自分自身への怒りも、同様に批判されるものとなります。
怒りがなぜダメなのかは、簡単な話で、怒りは誰も、怒った当人も幸せになれないからです。これは仏教説話によらずとも、日常の経験で理解できるかと思います。だから怒ること、負の感情を持つことがダメなのであって、あらゆる物事をありのままに受け入れて、負の感情を持たないようにすることが求められているわけ3です。
そのための訓練というのは、とくに決まった形のものはないのでしょう。修行や座禅のようなことをして、心を無にするということはできるのかもしれませんが、その場だけで終わってしまうようなものでは意味がないわけですし、やはり継続的に心の持ち方を変えていくしかないのだろうというのが実際のところでしょう。

自分自身のことをいうと、30歳を過ぎたあたりから、他人に向けて感情を爆発させることはほとんどなくなりましたが、それと反比例するように自分に対するネガティブな評価や感情、本書で言うところの自分への怒りが増えてきたように思います。
自分への怒りがなぜ発生するかというと、「自分はできる」「自分は正しい」という認識と、現実の成果の間にギャップが生じるので、そのギャップが怒りという形で現れてくるのだといえます。そのギャップを埋めて、「自分は全く完全な存在ではない」「自分は間違いばかりだ」と認識することによって初めて、怒らなくなれるということでした。

このあたりは正しく読み込めているのかどうかわかりませんが、不完全な自分を求めることと、現状を是認して成長を止めることとは異なるのでしょう。作者はスリランカの仏教僧であり、スリランカは上座部仏教の国で、個人の悟りを重視しますから、悟りに至るまでの修行、成長を止めることをよしとはしないはずですし。
ともかく、不完全な自分、小さな自分を認めつつも、より高いところを目指していくのが大事だということになるかと思います。今は期待された成果を出せなくとも、次はもっと自分を高めて、よりよい成果を出せるようにしていければ、ということになりますし、そう考えられるようになりたいものです。

余談になりますが、仏教って結構怖いです。怒ると叱るは別ですし、悪いことをした人に罰を与えるのも怒るのとは別という考え方なのですが、ここでいう罰がその人を徹底的に無視すること、存在すら否定されてしまうことだというのが、叱られて改善を求められるどころの厳しさではないと感じました。
私が自分の存在を無視されるようなことがあれば、生きていくことすらつらくなるでしょうね。

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