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2011年12月26日 (月)

[読書メモ]畑村洋太郎『未曾有と想定外』

未曾有と想定外─東日本大震災に学ぶ(畑村洋太郎)

日本における失敗学、危険学の創設者である、畑村洋太郎さんの新著です。
今年3月11日に発生した東日本大震災において、大きな被害を出した、津波と原発事故について、失敗学や危険学の立場から見解を述べています。
本文にもありましたが、畑村氏は政府の原発事故調査委員会の委員長に任命され、委員長の立場では私的な見解を出すことは難しいため、就任前に本書を刊行した。そのため情報が必ずしも十分でない時点での見解も含まれているとのことです。

前半は津波について。「天災は忘れた頃にやってくる」ということわざがありますが、まさにその通りという事例もいくつか紹介されていました。三陸では今回と同規模かそれ以上の津波は何度か起こっており、低地に家を建てないような言い伝えも残されているのですが、その言い伝えを守ってきたところ、逆に津波の被害よりも利便性を優先させたところと、両方の事例があったようです。
また、科学技術の発展で、巨大な防潮堤など、人間が自然に真っ向から対立する形、自然災害を完全に食い止める形に向かっていったことで、いざ破られたときに被害が甚大になってしまった部分も指摘していました。かつて技術が未熟だった頃には、自然災害の被害が出るのはやむを得ないとして、被害を最小化するためにいなす、すかす方向だったのを、原題にも取り入れてはどうかという見解です。これはごく当然の考え方ではあるのですが、この地域には被害が出ます、といわれた住民にとっては納得できるものではないでしょうし、個別の視点で考えるとなかなか解決が難しいのではないかと感じます。

そして、原子力発電について。事故の前から、「絶対安全」か「即時廃止」かと、主張が両極端に振れやすい問題であり、お互いまともな議論ができないまま震災の日を迎えてしまったようにも思います。いわゆる原子力村の人々が、事故は起こりうるものとして、事故後の対策を検討できていたとすれば、反対派も事故が起こった場合の影響について、客観的なデータをもとに検証していたとすれば、そしてお互いが事故対策について議論のテーブルに着いていたとすれば、ここまでの被害にはならなかったのかもしれません。
「原子力村」として、組織論にも触れていましたが、組織が大きくなるのは、それに比例して大きな事業を実現させることができるという意味で非常に有用なのですが、組織の利益や空気を意識しすぎて、内側からの改革が機能しなくなるという側面もあります。自分はITベンチャー企業にいるので、比較的変化に柔軟な組織に属しているといえるのですが、それでもやはり社会や顧客のための行動と、会社の利益のための行動を天秤にかけることが起きてしまいます。組織が組織であるが故の、根本的な欠点ではあると思うのですが、どうにか改善できる方向に持って行ってほしいものです。

近い将来、東海・東南海・南海地震と呼ばれる、人口の集中する地域を襲う大地震が発生することが予測されています。最悪の場合、日本の中枢が機能しなくなる危険性があるわけで、その事態を避けるのか、避けられないとしても被害を最小限にとどめるために何ができるのか、そして自分自身は個人としてどうあるべきなのか、意識して行動したいと感じました。

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