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2012年5月

2012年5月20日 (日)

[読書メモ]寺脇研『「フクシマ以後」の生き方は若者に聞け』

「フクシマ以後」の生き方は若者に聞け(寺脇研)

著者は元文部省の官僚で、ゆとり教育を推進した経歴もあります。本書はゆとり教育の目的と有効性を改めて示すとともに、昭和50年(1975年)代以降生まれの若い世代に強い期待をかけ、将来を託すべきだと主張しています。
著者が官僚を辞めた後の活動や、本書に登場する若い世代の実績などから、ゆとり教育を推進した言い訳やポジショントークなどではなく、硬直化したこの国の仕組みを変えたいと心から願っていることを感じましたし、そのために若い世代の力が必要だと考えているのが伝わってきます。

私は団塊ジュニア世代に含まれますが、この世代はバブルを知っている最後の世代であり、社会を変えようというエネルギーには乏しい世代だと感じています。自分も勉強会や読書会をいくつか開いていることもあり、自分より若い世代の活動を同世代の他の人よりは見ていると思いますが、若い世代の人のほうが、会社や地域のコミュニティ、あるいは従来常識とされていたものから離れ、自由に活動している人が多いと感じます。
国に変革を起こそうとか、社会の仕組みを変えていこうとか、彼らはそういった大それたことは考えていないかもしれません。ですが自分たちが暮らしやすいコミュニティを作るためにどうすればいいか、常識にとらわれずゼロベースで考えているのが彼らの強みであり、私たちより上の世代とは違うといえます。
国の将来を彼らに背負わせるのは荷が重いとしても、もっと小さな単位での、コミュニティのあり方を若い世代に委ね、その積み重ねとして社会や国がなるようになっていく、そういう方向性は模索するに値するのではないでしょうか。

ゆとり教育は基礎学力を低下させ、若い世代は知識が足りないまま社会人になった、という批判はよく耳にしますし、若い世代自身がその批判を受けて、自信を失っている部分は否定できません。
ですが、団塊ジュニアより上の左代は、日本の経済が再び成長するという、いわば夢物語を前提として、前例や常識に考えが縛られ、結局何も現状を変えられない。現状を維持して自分たちは逃げ切りたい、という人は少数派だとしても、残りの多数は現状を変える意思はあっても、その方法を持っていません。ですが、その下の世代は現状を変える方法を持っているし、実践しています。
ゆとり教育というのは、前例や常識にとらわれず、自分たちの目や耳で情報を収集し、自ら考えることで、正解のない問題に対して答えを出していくことを求めた教育だと認識していますので、そういう教育を受けてこなかった私たちよりも、ずっと柔軟な考え方ができるのは当然かと思います。

というわけで、若い世代には期待しますが、丸投げではいけないというのも難しいところ。若い世代は考える力と行動力はあっても、知識と経験は上の世代のほうがありますから、相互に補っていかなければなりません。
また、上の世代下の世代とざっくりと分けていますが、当然同じ世代でも人によって考え方の違いがありますし、知識や経験、行動力の多寡にも差があります。その辺りは個性や多様性として受け止め、個々人が自分の納得する判断と行動を取れるよう、応援していきたいと思います。もちろん、自分自身も行動できるところは行動していきたいですし。

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2012年5月19日 (土)

[読書メモ]香山リカ『しがみつかない生き方』

しがみつかない生き方―「ふつうの幸せ」を手に入れる10のルール(香山リカ)

精神科医として様々なメディアに登場している香山さんの、少し前の著書です。香山さんと勝間和代さんとの討論は話題になりましたが、その底本となった一冊といっても構わないでしょう。
勝間さんをはじめ、多くの自己啓発書に記されている、あきらめなければ夢が叶う、という表現に、香山さんは異論を出します。夢が叶わなかった人間は、失敗者であり落伍者なのかと。そもそも、あきらめないで努力を続けられる環境にあること自体が、恵まれているのではないのかと。
自分も、努力したい、するべきだという側の人間なので、香山さんの考え方には時折はっとさせられます。その努力の結果、得られるものは何なのか。成功や評価というものは、外部からなされるものでしかないのではないか。自分が本当に得たいものは何で、それを得るためには何をしなければならないのか。いろいろと考えさせられます。

成功と幸せは、別物なのだろうと感じます。夢が叶うまでの努力と、叶った後その状態を維持するための別物ですし、前者の努力はできても後者の努力は苦痛でしかないということもあります。なのに、夢が叶ったことで満足してやめてしまうのは、周囲も自分も許さないし、その維持のために苦痛でしかない努力を続けざるを得ない面はあります。はたして、それは成功だったとしても、幸せなのかどうか。
香山さんの病院には、そういった悩みを抱える方も、多数来院されるようです。傍から見れば恵まれた環境にいるように見えても、本人はその評価を維持するのに苦しんでいたり、その環境自体が苦痛だったりしているわけです。香山さんが勝間さんに異を唱え、努力して成功するフレームワークに違和感を持っているのも、そういったクライアントと多数接しているからではないでしょうか。

タイトルの「しがみつかない」ですが、何にしがみついているかというと、常識であったり世間体であったり、要は過去の前例や他人の評価に自分の立ち位置を当てはめて、そこでよいとされる位置にしがみついているわけです。そこに幸せを感じる人は、おそらく少数派でしょうし、むしろ何かの役割を「演じさせられている」ような違和感と苦痛を感じる人のほうが多いのではないかと推察します。
だったら、自分が本当に幸せに感じる瞬間はどういうときなのかを考えて、実践してしまえばいい。それが社会に貢献することでなくても、逆に退廃的でも、非生産的でも構わないと思います。その幸せに興じることで対価を得られて生活ができるというのはごくまれでしょうから、幸せを得るために働かないといけない、というくらい割り切って仕事に接するのも、ありだと思います。
自分は仕事そのものに幸せを見つけたいほうなので、働きがいのない仕事は苦手ですが、世の中にはいろいろな考え方がありますし、何が正しいということもないでしょうから。

幸せというのは金銭や地位や環境ではなく、むしろそこから自由になれることだと感じます。縛られず、しがみつかず。
自分はわりとそういう生き方をさせてもらえていると思いますし、恵まれているという自覚もあります。でもやはり、自由は大切にして生きていきたいですね。

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2012年5月18日 (金)

[読書メモ]加藤敏春『節電社会のつくり方』

節電社会のつくり方 スマートパワーが日本を救う!(加藤敏春)

次世代の電力供給網として期待されているスマートグリッドですが、東日本大震災後は俄然注目されるようになってきました。自分が初めてスマートグリッドの話を聞いたのは、2009年に埼玉に引っ越してきてすぐに参加した勉強会で、グーグルがこの事業に興味を持っているという話でした。そのときはグーグルは何屋になりたいのかと疑問に思ったのですが、ウェブと同じような形の電力供給網を、すでにかなり具体的に想定していたのですね。

大震災後、というよりは福島第一原発の事故後、電力供給のあり方が問われています。自由化や発送電分離といった競争を促進する施策もありますし、太陽光や風力、地熱などの再生可能エネルギー、そして本書で取り上げているスマートグリッドといった新しい仕組みの導入も提案されています。
財政難とねじれ国会で政治は動けず、5月には国内の全原発が稼働を停止し、再稼働も地元の理解が得られていない状況です。何の施策もなく、節電だけでこの夏を乗り切ることになります。電力不足で大規模停電に陥る地域が出る可能性もありますが、この夏を乗り切った後、ようやく国民が危機感を持って次世代の電力網のあり方を真剣に考えるようになる、……といいですね。

本書で紹介されている、スマートメーターについて。
家庭の電力消費を、従来のように1か月ごとの積算でとらえるのではなく、いつどれだけ使ったかを記録しておける装置が、スマートメーターと呼ばれるものです。スマートメーターを導入することで、電力消費の多い昼は高く、夜は安くといったきめ細かい料金設定を行ったり、家庭内の電気機器を管理したりできるようになります。家庭で太陽光などの発電、売電を行う場合も、スマートメーターに情報が蓄積されていくものと思われます。
反面、電力の細かな使用状況が電力会社に知られるところとなるため、プライバシーの問題が起こることが懸念されています。自分は認識していなかったのですが、たしかに利便性と情報漏洩は裏表の関係ですし、将来スマートメーターが普及したときに問題になってくるかもしれません。

こういったスマートメーターを各家庭に導入し、複数の電力供給源を組み合わせた電力網(スマートグリッド)を実現する地域が、社会実験としてではありますがいくつか出てきています。まだ実験は始まったばかりですし、市全体といった広い地域での導入を行ったところはありませんので、スマートグリッドが普及するとしても、あと十数年はかかるのかもしれません。とはいえ、歩みを止める必要はなく、着実に問題点を洗い出し、インフラとして日々の生活に耐えうる品質の電力網を作り上げてほしいものです。
当面は(1)大規模な節電、(2)シェールガス、メタンハイドレートといった新しいエネルギー源の開発、そして(3)再生可能エネルギーの実用化、といった流れになるのでしょう。スマートメーターの活用は、(2)(3)と並行した流れになるかと思います。
原発が利用できれば電力需給は楽になるのですが、世論は生活に影響が出ても原発を利用しないことを選んでいますし、私たちも原発再稼働はできないことを前提に、次世代のエネルギー問題を考えていく必要があります。

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2012年5月16日 (水)

[読書メモ]天野敦之『みんなが幸せになる「お金」と「経済」の話』

みんなが幸せになる「お金」と「経済」の話(天野敦之)

リーマン・ショック以降、欧米や日本では深刻な不景気が続き、もはや従来のモデルでの経済成長は望めないという悲観的な考え方が強くなってきています。
また、お金に対する考え方も変わってきて、利益を最大化する行動が必ずしも善ではない、と見なされるようになってきました。一部ではやや揺り戻しが大きすぎて、お金を稼ぐこと自体を忌避する主張も出ているようですが、生計を立てるだけの収入があれば十分だ、と考える人が増えてきていることは注目していいと思います。

こうなった原因は、リーマン・ショックを引き起こした金融至上主義が、資本主義や自由主義の考え方をゆがめ、またその限界を露呈させたことにあるといえます。著者の言葉を借りれば、他人から奪うことで自分の利益を得てきた経済の仕組みが、結果的に誰も幸せにしなかったということになります。
新しい社会、経済の仕組みが求められつつも、リーマン・ショック以前の成功体験が残っているものだから、もはやそこには戻れないとわかっていても新しい仕組みに踏み出せない。日本に至っては、20年以上前のバブル経済の成功体験をいまだに引きずっているわけですから、欧米でも新しい仕組みを取り入れるのには長い時間がかかるのでしょう。

そもそも、その新しい仕組みとはどういったものなのか。私たちは今までの物差しで新しい仕組みを測ろうとしてしまうので、その姿を理解することは困難であろうと想像できます。
遅かれ早かれ否応なく経験することになるし、そうして初めて理解できるのだろうと思いますが、ある日突然新しい仕組みに映るのではなく、連続的な変化で新しい仕組みにじわじわと置き換わっていくので、気づいたらこうなっていたという感覚になるのでしょう。
本書の後半にも、そのヒントとなることが示されています。

私自身の考えも入ってきますが、新しい仕組みのもとでの経済は、本書のタイトルに示されたことがそのまま目標となります。すなわち、人を幸せにすることを利益と考える経済です。
従来の経済学では、商品やサービスの価値を金銭に置き換え、定量的なものとしてしか見なさなかったし、またそうするしかなかったのですが、次の時代の経済は「幸せ」という定量的に測れないものを物差しとして用います。過去の流行語で言うと、「ウッフィー」であったり「評価経済」であったりするわけですが、本質的な方向性は変わりません。
幸せはお金とは異なり、誰かから奪って自分のものにするのではなく、自分の幸せを他人に与えることで、さらに増えていくものです。経済活動ですから金銭の移動は伴いますが、金銭の移動や商品・サービスとの交換は、幸せを分かち合うための手段となります。
お金の動きは少なくなるだろうし、従来の経済成長は意味を持たなくなってきます。測定できないものを基準とすることに不安はあるでしょうが、人々の幸せが直接の目的になる社会は、皆が真剣に幸せについて考え、動いていく社会となります。とうぜん、明るい社会になりますね。
(本書のタイトルに従って「幸せ」と書きましたが、「評判」でも「癒やし」でも「生きがい」でも、ポジティブな価値を持つ概念であれば入れ替え可能です。)

本書を電子書籍で読んだのですが、イラストがメインのため1ページをそのまま縮小して画面に表示され、文字が小さくなってしまいました。
機器の制約上やむを得ないのですが、電子書籍としてどう見せるのがよいのか、考えさせられる部分もありました。

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