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2012年8月

2012年8月23日 (木)

[読書メモ]福田秀人『ランチェスター思考』

20120822_ランチェスター思考 競争戦略の基礎(福田秀人)

ランチェスター戦略は、もともと軍事での考え方です。物凄くおおざっぱに言うと、局地戦での戦闘力は兵力に比例し(第1法則)、広域戦・確率戦では兵力の2乗に比例する(第2法則)、というものです。
これを経営やマーケティングに応用したのが本書などのランチェスター思考で、シェアのないものがシェアのあるものと戦うために何をするべきか、ひとつの指針となります。シェアのない、つまり兵力の少ない側は局地戦に持ち込むか、相手の兵力を分散させて戦うことが求められますが、なぜそうなのかを理論立てて説明したのが本書となります。

本署の経営理論は非常に保守的で、目を引くような大胆な提案はほとんどありません。勝つには、当たり前のことを、当たり前にやることが求められるし、戦況は刻一刻と変化するのだから、昨日までの戦略が今日は使えないとわかれば、すぐにでも破棄して戦況にあった戦略を作るべきだということです。
いつでも逆転ホームランを狙って大振りを繰り返したり、過去の成功体験にとらわれて同じやり方に固執したりしているようでは、勝てる勝負にも勝てない、ということですね。

そしてもう一つ、大きな衝撃を受けた記述がありました。別のブログにも書きましたが、著者が「アマチュアの論理」と呼んでいる、ドラスティックな改革案の落とし穴です。現状の問題点の1つとその解決方法にしか目が行かないので、いま現在享受しているメリットや、改革案がはらんでいる問題点が見えなくなる、そのまま実行に移したことでより大きな問題となってにっちもさっちもいかなくなる、という状況です。
(詳細は著者・福田秀人さんのブログ『[持論] アマチュアの論理の脅威』をご参照ください)
歴史をひもといても、為政者が理想を追い求めたが故の急進的な改革や革命が、実行に移したことでデメリットが露呈し、それを強権で押しつぶしたことで大きな悲劇を招いてしまう、という事例はいくつもあげられるでしょう。
余談になりますが、現在の日本が抱えている問題、たとえば原発などエネルギー問題や、いじめなどの教育問題も、理想だけを語る改革案では「アマチュアの論理」に陥ってしまうでしょう。高い理想を掲げるのはよくても、そこに至るための道筋を具体的に見せられないようでは、理想に近づくことさえ叶いません。

話を戻して、経営の目標はトップシェアをとることと明確に定め、そのためには何パーセントのシェアを目標とするべきか、何段階かの具体的な数字を出しています。これらの数字は上述したランチェスターの法則に基づく数字となっており、裏付けのある数値目標が与えられたと言えます。
もっとも、目標が与えられても、そこに至るための行動指針が決まらなかったり、自分の中で咀嚼できなかったりするのですが(前にいた会社でもそうでした)。これはいくら理論を学んでも事例を調べても答えが載っているわけではなく、自分でひたすら考えていろいろやってみるしかないですね。

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2012年8月19日 (日)

[勉強会]2012/08/18 新聞記事で朝食会@スカイツリー

○コミュニティ名:新聞記事で朝食会~Let's朝活~
○名称:8/18 新聞記事で朝食会@スカイツリー
○日時:2012年8月18日 10時00分~12時00分
○場所:タリーズコーヒー  東京スカイツリータウン・ソラマチ店
○参加者:5名

先月スカイツリーライン(東武伊勢崎線)沿線に引っ越していながら、スカイツリーを直に見たのは今回が初めてでした。
ソラマチが10時開店なので、3階に上がるエレベーターの前の行列に並んで、開店時間と同時に3階へ。上がってみると会場のタリーズが見つからず、もう一度フロアマップをよく見てみると、……タリーズは外から入れるところにありました。何のために並んだんだ、俺は。

今回紹介されたのは、以下の記事です。

○サッカー場の芝の管理について(8/16日経)
ヨーロッパでは、芝は年に2回張り替える消耗品扱い。日本は芝の張り替えを恥と考える管理者のこだわりがあり、高い品質を保っています。
記事中では日本の芝の管理を評価していましたが、「コストをかけすぎ、強豪国に合わせればいい」という論調なら、それに流されてサッカー場の管理コストを下げるべきだと考える人もいたように思います。
話の中では、(ホームの)日本代表が有利になるように芝の長さなどを管理するような話、現在高校野球が行われている甲子園球場のグラウンドの管理や裏方さんのがんばり、さらには参加者皆さんのスポーツの経験や興味が話題に上りました。

○「いじめている君へ」はるかぜちゃん(8/17朝日)
○大津市教育長襲撃事件、容疑者の大学生が殺意を認める(8/18毎日)

○スマートフォンでカード決済、米国で広まる(8/18日経)
クレジットカードの読み取り装置をスマートフォンに接続し、簡単に決済を行う仕組みが始まっています。
日本でもサービスを展開する方向ですが、セキュリティの懸念もあります。自分は電子マネーのオートチャージ機能を使っているので、すでに同じことはできているのかな。
銀行の話に話題が広がり、窓口からATM、そしてネットバンキングと移ってきていますが、年配の人を中心に窓口を利用する人が少なくないという話でした。クレジットカードも、現金決済からカード、そしてスマートフォン決済となっていく過程を見るようです。

さて、いじめを取り上げた記事が2件、紹介されました。
昨年の中学生自殺事件以来、朝日新聞は30人余りの著名人のコラムを連載するなど、各メディアがこの問題を大きく取り上げています。残念ながら、個人的な思いをまず書いてしまうと、このやり方ではいじめはなくならないし、自殺事件も減らせないでしょう。
1986年に、東京でいじめを苦にした中学生の自殺があったことは多くの人が記憶していると思います。そのときもメディアは今回と同じように、こぞっていじめ問題を取り上げましたし、自分自身、このときの子供たち(私自身も含めて)が大人になる頃には、いじめの愚かしさを子供に伝えるだろうし、それでいじめのない社会を作れているのだろうと楽観的に考えていました。現実にはそれから25年、何も変わりませんでした。自分の無力感を感じる一方、第三者としての無関心も自分の中にあり、単に外から批判するだけでは何も解決させられないだろうと思います。
学校社会は非常に特殊で、同じ地域、同じ世代の人が強制的にコミュニティを作らされ、抜けられないという特徴があります。また、子供たちにとっては学校社会が社会全体であり、外の世界を知らないということも指摘しておきます。いじめを受けている側にとっては、「自分が選んだわけではない世界に入れられ、そこで自分が否定されている」という状態です。想像してほしいのは、彼らにとっては学校社会が世界全体ですから、そこから抜けられない、逃げられない。というよりもそういう発想がない、ということです。
私たちができること、すべきことは、いじめをなくすことではなく、いじめを受けている子供たちを受け入れる社会を作って彼らに示すこと、彼らに学校以外の社会を見せて、今すぐでも入れるように入り口を確保しておくことだと思います。
ただ、私たちの側もその準備ができていません。価値観の多様化は、私もしばしば用いるフレーズですが、多様化を認める社会になっていかないことには、いじめの問題は解決させられないでしょう。
学歴を積んで、有名な企業や組織に入って安定した収入を得るのが成功だ、というのはひとつの価値観でいいのですが、ほかの考え方も尊重できる社会、価値観の物差しをひとつに決めない社会が、今は求められていると思います。

また、同じいじめの事件から、教育委員長が襲撃されるような事態にまで発展してしまいましたが、ここに至るまでの教育委員会の対応は、組織としてそうなってしまうだろうという部分はあります。
自分はシステム開発に携わっているので、その仕事に置き換えて考えますが、自分が携わったシステムで問題が発生したことに気づいたとき、上司や顧客に報告するより前に、調査します。
まず、そもそもどのような現象が起こっているのか、それは設計上適切な動作であって報告する必要がないものかどうか。不適切な動作であれば何が原因でそうなっているのか。問題解決のためにどのような対応をすればよいのか、その対応には日数や費用はどれくらいかかるのか。……といったことを調査して、それから報告します。
別に悪意があって問題を隠蔽したいとか、矮小化したいとかいうのではなく、自分たちで解決できる問題であればそうしたい、ということです。自分一人はどうなってもよくても、上司や組織に迷惑をかける、あるいは影響が及ぶのは避けたい、という心理もあるかもしれません。
今回の学校や教育委員会のとった対応は、結果的に判断ミスだしどれだけ批判されても仕方ないものではあります。保身を図ろうとしたという誹りも免れないでしょう。ですが、ある程度の大きさの組織になると、どうしても隠蔽体質というものは出てくるのだということはあるだろうと思います。

長くなってしまいましたが、久しぶりに参加した新聞朝食会の感想としては、やはりいろいろな人と意見交換できる機会は貴重だ、ということになります。
ひとつの記事からいろいろな方向に話題が発展する可能性を持っているし、そういった脱線した意見交換こそが楽しいものです。議論して、各人の考え方を評価するのではなく、そういう考え方もあるのか、と受け入れるのが大事でしょう(先に挙げた、価値観の多様化にもつながってきます)。
本日はありがとうございました。

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2012年8月13日 (月)

[勉強会]2012/08/12 リーラボ@代官山

○コミュニティ名:読書朝食会Reading-Lab首都圏版
○名称:【8月12日(日)9時開催@代官山】読書朝食会"Reading-Lab"のお知らせ
○日時:2012年8月12日 9時00分~10時10分
○場所:スターバックスコーヒー 代官山蔦屋書店
○参加者:5名

ほぼ4か月ぶりの読書会参加となりました。長いこと参加できなかったのは、本業多忙とか引っ越しとか、いろいろ理由はあるのですが、電子書籍を利用するようになって本を買わなくなった、というのも大きな理由です。
ということでやむをえず、今回は初めて電子書籍の形で紹介させていただいたのですが、とくに問題になるようなことはありませんでした。自分はSony Reader使いですが、Koboが出てきましたし、Kindleの日本語版も近々という噂がありますので、そろそろ電子書籍限定の読書会を開催するのも、悪くないかもしれません。

主催者の清水さんと大阪から来てくださった方とが知り合いで、その方の東京出張にあわせて時間をとったということでしたが、私(大阪府生まれです)も含めて5人中4人が関西人でした。書店を中心とした街作りをしている中の、洗練されたカフェで、関西弁でしゃべりまくる読書会。傍から見ると異様だったかもしれません(笑)。

今回紹介されたのは、以下の5冊です。
○佐藤優『読書の技法
○橋下徹・堺屋太一『体制維新――大阪都
○高島宏平『ライフ・イズ・ベジタブル
○白鳥晴彦『超訳 ニーチェの言葉
○日本経済新聞社『中国――世界の「工場」から「市場」へ

外交官として知られる佐藤優氏の読書術は、月に平均300冊という多読。目次に目を通して、読む価値がないと捨てる本も冊数に入っていますが、多忙な中でそれだけの時間を確保することに驚かされます。大量の情報をインプットするのも仕事のうちで、そのための読書であること(月数十万円になる書籍代は、おそらく事業経費として処理されているのでしょう)、つまり私たちが趣味や教養として読書するのとは意味が違うことはわかっていますが。

高島氏は野菜のネット通販をおこなう、オイシックスの創業者。事業を軌道に乗せるまでに多くの困難がありましたが、「ふりかかる問題は選べないが、問題に向かう態度は選べる」という考え方で乗り切ってきたことが書かれています。
主催の清水さんと、「愛妻家」大田正文さん(読書会・勉強会の人として、「休活」で本を書かれています)がが高島氏を招いて読書会を開催されたということで、その縁での本書紹介でもありました。

来年からアマゾンに就職することが内定している学生さんや、秋口にも本を出すことになっている医師の方、そして自分もネットの自費出版事業を手がける会社に勤めて自ら本を書いています。書籍はただ読むだけではなく、感想をシェアする、自分の著書を作る、流通側から見てみるといった、様々なアプローチができるようになってきたことを感じます。
久しぶりの読書会でしたが、紹介された本だけではなく、参加する人の立ち位置が広がってきたように思います。これは単なる読者である人を読書会から遠ざけ、新たな参加者を増やせないこととも裏表ですので、いわゆる初心者、入門者の方々にも門戸を広げつつ、読書会の効用としてのスキルアップを見せて行ければと思いました。

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2012年8月11日 (土)

[読書メモ]白取春彦『超訳 ニーチェの言葉』

20120811_超訳 ニーチェの言葉(白取春彦)

近代を代表する哲学者であるニーチェの著作から、私たちの生き方や働き方、自己啓発につながる文章を切り出してまとめたものです。
ニーチェの哲学については詳しくないのですが、代表作『ツァラトゥストラはかく語りき』の「神は死んだ」というフレーズや、ニヒリズム、そして晩年は狂気に蝕まれたことが知られています。
本書ではそういった思想の背景にはあまり触れず、ニーチェの著書に残された言葉を再構成して、現代を生きる私たちがどう生きるべきか、ひとつの提案を示してくれています。もともと箴言や格言に満ちた、短い文章の形式で書かれており、言葉をこねくり回した難しい表現は使っていなかったようなので、こういった再構成もしやすかったのだろうと思います。

ニーチェの著書は1880年代に集中しており、日本でいうと帝国憲法発布前の文明開化の時期に相当するわけですが、その言葉は現在の私たちにも生きるヒントとして伝わってきます。また、名経営者やスポーツ選手などが高く評価された実績を背景に、自身の生き方や考え方を語るのとは違って、ニーチェは著作そのものが実績であり、背景となるものが他に何もないのに高い評価を得ている、ということにも考えさせられました。
言葉や思想が単なる理想で終わるのではなく、またその時代の流行として捨てられてしまうわけでもなく、自分にも実感をもって伝わる言葉になっているのは、やはり時代に左右されない思想の軸があったからだといえるでしょう。

印象が強かったのは、「働くこと」をポジティブに評価し、仕事をよいこととしていることです。現代でこそ働きがいを意識し、仕事そのものに喜びを見いだせるような形になってきていますが、19世紀後半当時の労働は苦しいものであり、生活をしていくための手段でしかなかったといわれています。
その中で働くことを肯定的にとらえ、働くこと自体に意義を見いだすことばは、当時の民衆にどれだけ伝わったかわかりませんが、21世紀を生きる私の心にはすとんと入ってきました。

本来は、ニーチェの思想に触れずに、うわべの言葉だけを拾って読むのは反則かもしれませんし、その意味で原著を(ドイツ語は読めないので、日本語訳でですが)読んでみたいし、読むべきではあると思います。ですが、こうやって思想と切り離した形で読んでいくことで、本質ではないとして切り捨てられていた部分にスポットライトが当たるということもできるかもしれません。

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2012年8月 5日 (日)

[読書メモ]中森勇人『心が折れそうなビジネスマンが読む本』

20120805__2心が折れそうなビジネスマンが読む本(中森勇人)

心が折れるような経験は、誰しも多かれ少なかれあるだろうとは思います。私自身、仕事で思うような成果が出なかったり、大きなミスをしてしまったりして心が折れそうになったことはあるし、(10年近く前ですが)その結果で体調を崩して2か月ほど休職したということもあります。
とはいえ、自分の経験に比べれば著者のほうがずっと波瀾万丈の生き方をしてきていますし、本にできるだけのことはあります。ただ、その分読者は自分のこととしてとらえられなくなって参考になりづらかったかもしれないし、自分事としてとらえてしまうと余計に心が折れる気分になったかもしれません。自分も、読んでいてつらい思いにさせられたところが何か所かありました。

フルタイムで雇用されていれば、1週間168時間の半分くらいは(通勤や休憩も含めて)勤務先に拘束されている、言い方を変えれば仕事に関わっているといえます。だから仕事で心が折れるような事態を避けるには、仕事そのものをポジティブにとらえていかないとならないでしょう。ワークライフバランスが叫ばれていますが、これは仕事以外の部分を軽視しすぎた反動で生まれたものであり、仕事が苦痛であるという前提があるのは違和感を持ちます。
話がそれましたが、自分に与えられた仕事をポジティブなものにする方法はいくつかあります。まずは与えられた仕事の意味を理解すること。私たちはロボットではなく、感情を持つ人間ですから、なぜその作業が必要なのか、いつまでに成果を出さなければならないのか、理解すればモチベーションにもなるし目標にもなります。「理由など説明する必要はない、いいからやれ」などという上司や経営者は今でもいるのでしょうか。いるとするなら、成果への障害となっているので改善を求めるべきでしょう。

もうひとつは、相手の立場からものを見てみること。ひとつの仕事には様々な利害関係者がいます。指示を出す上司もそうですし、顧客や取引先も成果物を享受する立場です。1つ目の話ともつながりますが、相手の立場から与えられた作業を見れば、なぜ自分がそれをする必要があるのかが見えてきますし、自分がそれをうまくやれば、あるいは逆に失敗すれば、誰にどんな影響があるのかも見えてきます。
上司が口うるさいのも理由があります。それは仕事を順調に進めるために必要なことを知らせてくれているのかもしれないし、自分に対する期待の大きさなのかもしれません。また、顧客を喜ばせるために何をすればいいのかという考え方から、気配りや改善も生まれてきます。これらは自分の立場からものを見ているだけでは決して気づかないし、気づいたとしても小手先のテクニックであって応用が利かないものになってしまいがちです。

本書で残念だと思ったのは、そういった他者の視点がなく、自分がうまく立ち回っていくためにどうすればよいか、という話に終始しているところです。著者は会社に疎まれ、追われた経験や、事業を立ち上げたときには資金を持ち逃げされた経験があるわけで、社会を信用できないと感じているのかもしれませんが、やっぱり何か違うよなあ、というところです。
仕事や自分を客観的、相対的にとらえること。そして逆に心が折れる行動、たとえば会社を休んだり辞めたりするのではなく、いつも通りの行動を積み重ねていくうちに時間をかけて気持ちを立て直していくことが、心を折らないためにとるべきなのではないでしょうか。

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