大学院

2009年2月 9日 (月)

もうすぐゼミ合宿

久しぶりに投稿。今年初めての記事ですが、もはや「あけましておめでとう」じゃないですし。

2月21~22日に、大学院のゼミ合宿があります。いま、その資料が刷り上がったところ。

去年秋の1回目の合宿で、『実隆公記』を説明してきたので、今回は残りの史料となる『言継卿記』『言経卿記』と、江戸時代・元禄年間の棋書『諸象戯図式』。諸象戯図式は版本の形でしか残っていないので、翻刻 (行書・草書の版本を現在の文字に置き換える) から作業を行って、元禄時代の将棋がどのようなルールであったのか、古将棋についてどこまでわかっていたのか、ある程度わかるかもしれません。

今回の修論のテーマとは離れてしまうのですが、『諸象戯図式』など江戸時代の棋書を丹念に読み解けば、古将棋のルールが正確に再現できる可能性はあります。

ゼミの資料は、1部17ページという大部になってしまいました。実際に使うのはそのうちの7ページだけですが、参考資料的に必要なので、とりあえず全部印刷。それをゼミに参加する16人分印刷するので、単純にかけ算しても300枚近くの紙を使うことになってしまいました。エコじゃないな (笑) 。

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2008年7月 6日 (日)

第6回「実隆公記を読む会」と第2回ゼミ報告

先週になりますが、6月28日に岡山で「実隆公記を読む会」、翌29日に京都で修士論文のゼミがありました。連日となったので岡山で1泊して、翌朝直接京都へ移動というスケジュールに。JR3社 (四国・西日本・東海*) を乗り継いでしまいました。

(*)岡山から京都までは新幹線を使ったので。新大阪~京都の1区間だけJR東海です。

「実隆公記を読む会」は、文明6年10月の条を講読し、日記の最初の年ですが初めて将棋の記述が出てきます。自分が将棋の研究をしていることを前回お話ししていたので、少し突っ込んで解説していただけました。次に将棋の記述が出てくるのが翌年 (文明7年) 10月9日だということでしたが、自分のリストからは見落としていました。後日図書館に行って、記述を確認。まだいくつか見落としていそうです。

そのあとの懇親会でゼミの資料を見ていただいて、いい研究になるのではないかと、うれしい評価をいただきました。方向としては、将棋を指した相手を分析して、将棋の対局を通した朝幕関係をさぐる、という示唆もいただき、さらに広がりが出てきそうです。

先行研究というか、遊戯史研究の第一人者の増川先生や、「戦国時代の貴族―『言経卿記』が描く京都」を書いた今谷先生の話題も出ました。どちらの先生も、学生の頃から研究一本ということではなかったようで、晩学でも十分研究者の仲間入りができるようです。自分も本気でやれば、とは思わなくもないのですが (笑) 。

翌日のゼミでも、前日いただいた示唆も含め、研究の方向性を発表しました。このままのやり方で進めて問題なさそうですが、実態を探る上では誰とどこで指したかの情報が必須になりそうです。「実隆公記」の洗い出しは一応できているのですが、見落としがあるかもしれない以上に、人物比定が全くできていないので、もう一度調査し直し。時間も限られており、できれば避けたい方向だったのですが、そうもいってはいられませんね。

来週 (7月12日) 、岡山で次の勉強会があります。もうきっぷを準備していますので、また行ってきます。

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2008年5月24日 (土)

第1回ゼミと源氏物語展

少し前ですが、5月17日に最初のゼミがありました。大学院ということでかなり厳しいのではないかと覚悟していましたが、やっぱり厳しいです。

のちほどTamago915 (たまご) のウェブサイトに資料などを公開しますが、かなりきちんと調べてこないと、まともに評価してくれなさそうな雰囲気。1回目は「諸象戯図式」の記述について発表しましたが、この書籍自身の資料批判や、内容についても掘り下げる必要性を指摘され、かなり頭を抱えています。

テーマも、実隆公記の時代だけではなく戦国時代全体に広げ (言経卿記、言継卿記も調べることになりました) 、戦国時代の将棋の実態を調べてみようかということになっています。言経卿記、言継卿記には索引があったはずなので、将棋の記述はそこから手早く洗い出せないかということでした。明日、図書館に行って調べてみます。

自分たちのあとでM2、つまり来年の自分たちのゼミがありましたので、少しだけ聞かせていただきました。1年違うと論文もかなり仕上がっているわけですが、そのぶん内容に対しての指摘も手厳しいです。論理的に成り立たない、思い込みで記述している部分や、文章の流れが崩れる部分を先生が厳しく指摘し、また必要な記述が漏れている部分についても、これはきっちり書いておいたほうがいいといわれていました。

来年の自分たちがこうなるわけですから、かなりきっちり進めていかないと、大変なことになりますし、留年や中退という事態にもつながります。でも、仕事もあるし、修士の放送科目もあるし、時間のやりくりがたいへんです。orz

ゼミのあと、京都文化博物館の「源氏物語千年紀展」を見てきました。土曜日ということもあってそこそこ混んでいて、あとでゆっくり見ようと、展示の図録を初めて購入しました。修論と直接関係はしないのですが、三条西実隆が詞書をいれた絵画も展示されており (実隆の名声は将棋指しよりも、古今集や源氏の研究のほうにあります) 、源氏物語も意外と近い話題だったのだと再認識しました。

次のゼミは6月29日。これまでにある程度まとめないと。

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2008年4月 7日 (月)

オリエンテーションとiPod nano

4月5日ですが、幕張にある放送大学本部までオリエンテーションに行ってきました。

午前が学科 (総合文化プログラム 文化情報科学群) 全体、午後がゼミごとに分かれてのオリエンテーションです。私の研究対象は日本史になりますので、五味先生のゼミということになりました。同じゼミの学生は12人くらいだったでしょうか。かなり大人数のゼミです。

卒論のときと同様、章分けと一部について論をまとめてくるのが半期ごとのレポートとなり、月1回程度のゼミと、学期末には発表会として幕張にあるセミナーハウスでの合宿が待っています。最初のゼミは5月11日、京都学習センターであります。この1年でやってきたことを、きちんとまとめて発表する予定。

翌6日の朝には徳島に戻っており、徳島学習センターの入学式に参加しました。その後、センター内の視聴覚室で放送授業 (ゼミ以外に、11科目22単位の修得が必要) を見たのですが、かなりの科目がDVDとCDに置き換わっていました。自分、携帯用のものはテープレコーダーしか用意していなかったので、ついにあれを買っちゃいました。

iPod nanoiPod nano。写真は包装を解く前のものですが、4GBのシルバーのにしました。音楽や動画に使うことは考えていないので、容量は少なくてもいいはず。とはいってもiPod shuffleは選択になかったですが。

あとはセンターからCDを借りてきて、iPodに取り込めばいけるはず。著作権も、まあ大目に見てくれるんじゃないかと。

今回受講した科目のうち1つが、インターネットで公開されていました。これもいろいろごにょごにょすれば、iPodに取り込めるみたいです。あまり詳しいことを書くと怒られそうなので、何をしたかまでは書きませんが (汗) 。

申し訳ないのですが、放送授業は最低限単位を取れるだけの対応にして、ゼミのほうに全力投球したいと思っています。とりあえず5月11日。2年後に笑って修了できますように。

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2008年3月29日 (土)

着々と準備中。

学生証に貼る証明写真が、以前撮影したのがあったはずなのに見つからないので取り直してきたら、今日になって出てきて orz しています。

4月から放送大学の大学院生となるので、いろいろと始まってきています。大学院の授業の印刷教材 (教科書のこと) も届きましたし、学生証も着きました (写真は、4月6日の入学式のときに貼ってもらえるそうです) 。当たり前ですが、大学に比べると教材が熱いし文字が細かい。4科目取りましたが、たぶん単位を取るための最低限のことしかできないような気がします。

入学式は徳島であるのですが、その前日の4月5日に、千葉の本部でオリエンテーションがあります。朝10時から昼3時まで、前半が全体の、後半がゼミごとの説明と顔合わせになると思います。どんな人がいるのか、何人くらいいるのか、みんなどれくらいのレベルの研究を進めるのか、わからないことが多くて不安のほうが強いのですが、この感覚は久しぶりに感じるものですね。

研究のために、図書館に行ってきました。徳島でも史料はけっこう集まるもので、「実隆公記」は鳴門教育大学に、「言経卿記」は徳島県立図書館にあります。こういった中世後期の貴族の日記から、将棋に関する記述を調べ、当時の将棋の姿を類推するのが今回の研究テーマです。まだ、増川先生の研究をたどっているような段階ですが、何か新しい発見ができればいいかな、というか何も出なければ大学院でやる意味がないような、と思っています。

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2008年3月15日 (土)

大学院オリエンテーション&人間将棋

今日、大学院から「研究指導履修の手引き」が届きました。2年後に書く修士論文は4万字、その前に半年ごとにレポートを提出する必要ありと、かなりハードな内容になっています。修論だけに集中できればいいのですが、放送大学の学部生と同じように放送授業 (修士のものなので、さらに高レベル) があって、なかなか大変そうです。

4月5日、千葉の本部でオリエンテーションがあります。朝一の飛行機に乗れば時間的には間に合うのですが、予算的に夜行バスを採用。現地日帰り、0泊3日の強行軍は初めてですが、まあ何とかなるでしょう、たぶん。

この旅程にぴったりな「ドリーム&東京フリーきっぷ」を買ってきたのですが、経路が変わっていて、池尻大橋 (この近くに住んでいたことがあります) ~新宿~東京~新木場というルートになったようです。値段は変わらないので、終点の新木場まで乗ってみることにしました。

そして、4月19~20日の「人間将棋」にも行くことになりました。2年前にも行っているのですが、今回は橋本七段ファンの妻が「生ハッシーを見たい見たい見たい」ということで、かなり急遽決定。2人で徳島から天童まで行くと、旅費だけで1か月ぶんの給料が飛びかねませんが、一生に一度あるかないかのチャンスは逃がせません。

値段と時間、移動の快適さを天秤にかけて、東京経由 (夜行バス+山形新幹線) か大阪・新潟経由 (寝台列車 (日本海かきたぐに) で日本海側を北上) という2ルートを設定。夫婦そろって鉄ちゃんのため、飛行機という選択肢は却下 (大阪-山形の空路は十分有力ですが) 。行き帰りのそれぞれでどちら経由にするかで、買う切符も変わります。

  1. 行き帰りとも東京経由なら、「土・日きっぷ」。
  2. 行き帰りとも大阪・新潟経由なら、大阪発着で周遊きっぷ「福島・蔵王ゾーン」。
  3. 行きが東京経由、帰りが大阪経由かその逆なら、片道切符 (東京発天童経由大阪行きで、同じ路線を通らない) にして運賃を節約する。

バスの値段も含めてシミュレーションしたところ、値段的にはどれも変わらないので、夜行バスが入らない2か、たくさんの路線が楽しめる3か、というところで家族会議中です。そういえば、まだ現地の宿も確保できていないなあ。そろそろ取っておかないと。

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2008年2月11日 (月)

諸象戯図式

2月8日に東京出張が入ったので、ついでに国立公文書館に行ってきました。なぜこんなところに足を運んだかというと……。

今度の研究で、「後奈良天皇が酔象の駒を除かせた」がどこまで事実かも調べてみたいと思っています。この記述があるのが、『諸象戯図式』と『大橋家文書』なのですが、後者の原本が大阪商業大学アミューズメント産業研究所にもなく、確認できなさそうでした。

それで『諸象戯図式』なのですが、これがあるのが国立公文書館です。近代以降に活字化されたものはなく、版本が1組あるのみでした。あるだけマシなのですが、これを見に行く機会はそうそう訪れないだろうと思っていたので、行けるときに行っておこうということです。

国立公文書館の写真東京メトロの東西線竹橋駅で降り、西へ5分ほど歩いたところ、竹橋という橋を渡って近代美術館の西隣にあります。1階は明治維新以降の憲法などの制定に関する公文書を展示してあり、目的とする古い文書の閲覧は、許可を取った上で2階で行います。

所定の利用手続きを行って、目的の書籍を探し (閲覧室内のPCから検索できるようになっています) 、閲覧手続きを改めて提出して書籍を持ってきてもらいます。風邪気味でしたのでマスクを着けていましたが、必須ではなく、手袋もはめなくてよいということでした。

書写・翻字はOK。複写の手続きを取れば、コピーも可能です (専門業者に依頼し、後日郵送) 。マイクロフィルム化されていればその場で複写できるのですが、『諸象戯図式』はマイクロフィルム化されていませんでした。4冊本で、1冊目が自分の必要としていた部分、つまり各種古将棋の解説で、2冊目以降は中将棋の詰将棋が掲載されていました。1冊目は30ページほどの短い書籍でしたので、全冊複写の依頼を取りました。3000~5000円くらいの手数料はかかりますが、あやふやな知識で中途半端に翻字するよりは、それだけ払ってでも原本と同じものを手元に持っておきたいと思ったので。

敷居は高いのですが、極端に高いわけでもなく、研究目的を聞かれたり紹介状を求められたりすることもありませんでした。卒業研究のときにも一度行っておけばよかったかもしれない、と思っています。

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2008年1月23日 (水)

大阪商業大学アミューズメント産業研究所

4月から大学院生ですが、個人でできる研究は続けています。

卒論を書くときに根拠とした、将棋が現在の形になったことについての記載があります。『大橋家文書』と『象戯図式』にある、

「天文年間に後奈良天皇が日野晴光と伊勢貞孝に命じて酔象の駒を除かせた」

という記述が、どこまで事実なのかというところも気になっていました。人名事典で調べたところでは、晴光も貞孝も天文年間の人であるのは間違いないのですが、将棋の上手かどうかは不明。晴光は公卿の要職にあったようですが、貞孝は室町幕府側の人間で、天皇の命令を受ける立場にあったのかどうか。

そもそも、原文を見たことがないのです。『象戯図式』はどこかの図書館にあるのでしょうが、まだ確認できておらず、増川先生の『将棋1』に抜粋された部分にはこの記述はありませんでした。『大橋家文書』は将棋連盟に寄贈され、将棋博物館の閉館に伴って大阪商業大学アミューズメント産業研究所 (以下、「アミューズメント研究所」と略させていただきます) に移管されたと聞いています。

そういういきさつもあり、アミューズメント研究所は、いつか行っておきたいところでした。研究員の中に遊戯史学会の方 (高橋先生) がおられたので、後奈良天皇云々の文書について、失礼を承知でメールで質問してみました。

『世界の将棋』を書かれた梅林先生も、主任研究員として所属されておられるようです。将棋博物館の撤退は惜しまれるのですが、こういった方々が所属する研究所に移管されたわけですから、むしろよかったのではないかと思います。

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2007年12月20日 (木)

合格その後

放送大学大学院から通知が届きました。手応えは十分でしたので、封を切るときもそれほどドキドキ感はなく、合格の通知を見て喜ぶよりも、これからついて行けるかどうかのほうが心配でした。

放送大学の修士課程では、月1回前後のゼミ (京都で行うそうです) のほか、放送授業もあります。大学院ですから、大学のときよりもずっと高度な内容になっているはずで、歴史学の基礎に自身がない自分が、どこまで理解できるか、やっぱり不安です。修論は書けても、授業で単位が取れなかったらどうしようとか、思うわけです。

そして、授業料の払い込みも同封されていたのですが、けっこう大きな出費になります。わかってはいたのですが、入学料と授業料、ゼミ代 (2年分の研究指導料) 込みで20万円を超えているので、そういう金額を見ると痛いなあと思うわけです。そして、これだけ払うのだから、それなりに成果を出さないとヨメにも怒られそうですね。

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2007年11月25日 (日)

面接結果と吾妻鏡

遅くなりましたが、18日に大学院入試の面接試験に千葉まで行ってきました。

夜行バスが予定より30分早く着いて、逆に時間をつぶすのに苦労してしまったわけですが、十分に余裕を持って千葉の放送大学本部に到着。当日はやけに寒く、もう1枚羽織るものを持って行っておけばよかったと思いましたが、ないものはないのだからどうしようもないです。

面接は杉森先生と五味先生に担当していただきました。杉森先生には卒業論文のときに指導していただき、五味先生は中世史の専門ですので修士では担当していただくことになると思います。

最初、自分がこのテーマを選んだいきさつを説明し、その後は質疑を受けることになりました。卒業研究からの連続したテーマで、遊戯史学会へ卒論と同じものを提出し、却下されたことも杉森先生に (卒業研究のときに) お伝えしていたので、かなりスムーズに話は進んだと思います。

五味先生からは、来年までにやっておいてほしいこととして、「吾妻鏡」を題材に、歴史史料の読み方を調べておくことをいわれました。ちょうど五味先生が吾妻鏡の現代語訳を出版された (『現代語訳吾妻鏡 (1)頼朝の挙兵』、吉川弘文館) ということもあったのだと思いますが、早速購入しています。また、近畿圏の学生向けに、京都でもゼミを開いているということですので、京都でも東京でも行きます、と答えています。

こういうやりとりがあったので、合格を前提にされているという手応えはあります。また、自分が独学では足りないのは、歴史的背景の知識と、史料の読み方だという自覚はあるので、具体的に指示をいただけるのはありがたいことですので、いろいろ知識の幅を広げていければと思っています。もちろん『吾妻鏡』には将棋の記述はないのですが、だからといって不要な知識ではありませんから、受け入れていきたいと思います。

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