実隆公記

2008年7月 6日 (日)

第6回「実隆公記を読む会」と第2回ゼミ報告

先週になりますが、6月28日に岡山で「実隆公記を読む会」、翌29日に京都で修士論文のゼミがありました。連日となったので岡山で1泊して、翌朝直接京都へ移動というスケジュールに。JR3社 (四国・西日本・東海*) を乗り継いでしまいました。

(*)岡山から京都までは新幹線を使ったので。新大阪~京都の1区間だけJR東海です。

「実隆公記を読む会」は、文明6年10月の条を講読し、日記の最初の年ですが初めて将棋の記述が出てきます。自分が将棋の研究をしていることを前回お話ししていたので、少し突っ込んで解説していただけました。次に将棋の記述が出てくるのが翌年 (文明7年) 10月9日だということでしたが、自分のリストからは見落としていました。後日図書館に行って、記述を確認。まだいくつか見落としていそうです。

そのあとの懇親会でゼミの資料を見ていただいて、いい研究になるのではないかと、うれしい評価をいただきました。方向としては、将棋を指した相手を分析して、将棋の対局を通した朝幕関係をさぐる、という示唆もいただき、さらに広がりが出てきそうです。

先行研究というか、遊戯史研究の第一人者の増川先生や、「戦国時代の貴族―『言経卿記』が描く京都」を書いた今谷先生の話題も出ました。どちらの先生も、学生の頃から研究一本ということではなかったようで、晩学でも十分研究者の仲間入りができるようです。自分も本気でやれば、とは思わなくもないのですが (笑) 。

翌日のゼミでも、前日いただいた示唆も含め、研究の方向性を発表しました。このままのやり方で進めて問題なさそうですが、実態を探る上では誰とどこで指したかの情報が必須になりそうです。「実隆公記」の洗い出しは一応できているのですが、見落としがあるかもしれない以上に、人物比定が全くできていないので、もう一度調査し直し。時間も限られており、できれば避けたい方向だったのですが、そうもいってはいられませんね。

来週 (7月12日) 、岡山で次の勉強会があります。もうきっぷを準備していますので、また行ってきます。

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2008年6月 8日 (日)

実隆公記を読む会

昨年12月から、岡山市の就実大学で「実隆公記を読む会」という勉強会が行われています。

徳島と岡山は、JRでも高速バスでも2~3時間程度。こんな近くで自分が研究しているテーマと大きく重なる勉強会があって、広く公開されているのだから、行かない理由がありません (笑) 。

ということで、5月31日に、6回目の勉強会があり、初めて参加してきました。日記の原文を読んで現代語訳し、人物比定やその他もろもろの解釈を行います。今回は文明6年9月の条を行いましたが、全文の解釈をきっちりとやるので、1か月ぶんをやるだけでも2時間くらいかかります。文明6年は実隆公記の書かれた最初の年で、最初から進めて、6回目で9月まで来ているということです。

10人くらい参加されていたでしょうか。教授・准教授といった本職の方が苅米先生を入れて4人、学生として歴史の研究に携わっている人が私を含めて3~4人、その他の方も含めて、10人くらいはいたと思います。苅米先生は思った以上に若い方で、懇親会で年齢を聞いたら「もうすぐ40歳」とおっしゃっていましたから、自分と5年しか違わないのかとびっくりしました。その懇親会も、歴史研究のやり方などの話で盛り上がり、自分の携わっていることに真剣だし、自信と信念を持っているのを感じました。

次の勉強会が6月28日。そして、放送大学の次のゼミ (京都) が29日。この日程なら岡山から京都に直行したほうが楽 (新幹線で1時間の距離です) なので、一泊の旅行をして帰ろうと思っています。

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