駒の動き

2006年11月26日 (日)

将と象の動きの謎

日本将棋の金将と銀将について、動きを以下のように分解してみました。

  • 金将 = 前後左右に1マス + 前方3方向に1マス
  • 銀将 = 斜め四方に1マス + 前方3方向に1マス

ということは、古い時代の将棋類において、将 (金将の祖先) は前後左右に1マス、象 (銀将の祖先) は斜め四方に1マスずつ動けた、と考えることになります。

ところが、世界の将棋類を見ると、チェスのクイーンと日本将棋の金将を除いて、「将」の駒は斜め四方に1マスずつ動くようになっています。「象」の駒はいくつかのバリエーションがありますが、斜めに2マス動くものが多いようです。

これは非常に悩ましい問題で、金将の動きの根幹に関わってきます。
「将」の駒が縦横に進むとされているものは、例によって「玄怪録」だけ。ここには「上将は四方に行け」となっており、唐代の将棋は「将」が前後左右に動いたのかもしれません。それがどこから伝来し、そしてなぜシャンチーでは採用されなかったのか、疑問は多いわけですが。

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2006年11月21日 (火)

桂馬と香車

日本将棋の桂馬と香車は、前にしか進めない駒になっています。

         
       
         
         
       
       
         
         

これがチェスになると、ナイト (桂馬に相当) ・ルーク (香車に相当) が四方八方に動けます。

     
       
     
     
       
       
       
       

チェスに限らず、世界の将棋類のほとんどが、四方八方に動ける桂馬と香車になっています。
この違いは何か。
木村義徳九段は、『持駒使用の謎』で、チャトランガ (将棋の起源とされる、インドのボードゲーム) の馬・車は元々は前方にしか動けない駒だったのが、ある時のルールの修正で四方八方に動けるようになった。それを世界の将棋類が追随したが、日本将棋だけは修正しなかった、としています。

古い中国の寓話に、『玄怪録』というものがあります。ここに、宝応元年 (762年) のこととして、夢に出てきた将棋の話が出ています。そこには駒の動きが出ていますが、日本語に訳すと、

天馬は斜めに三歩飛んで止まれ
上将は四方に進め
輜車 (ししゃ=軍用の荷車のこと) は真っ直ぐ進んで引き返すな
六甲の順序は乱れるな

とあります。天馬が今の桂馬、輜車が香車に相当すると思われます。
『玄怪録』の信憑性は疑わしい部分もありますが、古い時代の将棋は馬・車が前にしか進めなかったと考えると、日本将棋との共通点も見いだせるかもしれません。

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2006年11月18日 (土)

金将と銀将

卒業研究ではなくなってきたので、タイトルも変えてみました。「日本将棋成立の謎」ですが、いまいちしっくり来ていないかな……。(木村義徳先生の著書ともかぶりますし)

まず業務報告。
前回の酔象入り詰将棋の話題は、「詰将棋おもちゃ箱」様にリンクしていただけたようです。
ありがとうございました。

今回は金将と銀将の動きを取り上げてみます。今さら説明するまでもありませんが、金将と銀将の動きは下の図のようになっています。

   
   
 

将棋を覚えた頃から、なぜこのような動きになっているのだろうという疑問はありました。そのときに思ったのが、以下の公式。

  • 金将の動き = 前後左右 + 前方3マス
  • 銀将の動き = 斜め四方 + 前方3マス

図にするとこのような感じですね。

   
=
   
   
+
   
     
   
 
=
 
   
 
+
   
     

伝来からの流れという研究の中でこの公式を検討すると、元々の金将・銀将は、縦横あるいは斜めにしか進めない動きだったのではないかと考えられます。それが、前3方向への利きを与えるようにルールが変更され、現在の動きが完成したという仮説を立てることができます。
「二中歴」にある将棋では、金将と銀将の動きはすでに現在と同じものです。これより古い資料は出ていないので、上記の仮説も推測の域を出ないわけですが……。

マークルック (タイ将棋) の「コーン」(象ないしは銀将に相当) の駒が、日本将棋の銀将と同じ動きをするのだそうです。これは、象の4本の脚と鼻を示しているといわれています。このことを根拠のひとつとして、日本将棋は東南アジアから伝来したと考えている人もいます。
今回の仮説に基づくと、銀将とコーンが同じ動きをするのは、「偶然」だったということになります。成り立ちが異なるのでどちらかがどちらかに影響を与えたというわけではなく、それぞれの国で将棋が進化した結果、同じ動きをする駒が現れた、ということです。

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